政策レベルからコミュニティの現場まで幅広く学ぶことを目的として実施したスタディツアーです。
政府機関や国連機関、メディア、企業など多様な分野を訪問し、医療保健福祉や環境、多文化共生などの社会課題について実践的に学べる点が特徴です。少人数制で現地のリアルな課題に深く関わり、国際協力経験が豊富なスタッフが同行するため、充実した学びが得られます。

※スタディツアーは年に2回程度実施しています。
 関心のある方は問い合わせください。
https://nogezaka-glocal.com/study/

【スケジュール】
1日目(2月10日(月))
・社会開発人間安全保障省障害局
(Department of Empowerment of Persons with Disabilities, Ministry of Social Development and Human Security)
・国連・アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)
・アジア太平洋障害者センター(Asia-Pacific Development Center on Disability: APCD)
・国際協力機構(JICA)タイ事務所
2日目(2月11日(火))
・パトムタニ県ブンイトー市(SMART&STRONGプロジェクト)
3日目(2月12日(水))
・バンコク都プラウェート地区にあるゴミ集積地スラム
・民間企業(東洋ビジネスサービス)
・メディア(NHKアジア総局)
4日目(2月13日(木))
・パタヤ レデンプトリスト障害者技術専門学校
(The Pattaya Redemptorist Technological College for People with Disabilities)
・ラヨン県のコミュニティビジネス(養蜂)
・ラヨン県のカンボジア人コミュニティ
5日目(2月14日(金))
・ラヨン県タップマー市(移民労働者の子どもの就学促進プロジェクト)
6日目(2月15日(土))
・チュラロンコン大学学生との交流会
・博物館などの訪問(ラチャブリ県・サムットソンクラム県)
7日目(2月16日(日))
・移民労働者向け識字教室(Foundation for Rural Youth :FRY)
・マングローブ植林地

 

 

【参加者】
草野詩織 早稲田大学4年

中村美遥 京都大学4年
峯本麻由 徳島大学医学博士課程1年(医師)
島田紗恵子 法政大学4年(タマサート大学交換留学中)
工藤 綾太 東京大学2年(チュラロンコン大学交換留学中)
大澤穂香  早稲田大学2年 (タマサート大学交換留学中)
清水陽太  明治大学2年(チュラロンコン大学交換留学中)
増山優      埼玉大学2年(タマサート大学交換留学中)

 

 

 

【全体報告】

2月10日から16日の7日間、タイのバンコクを中心に様々な場所を訪問し、タイの社会について政策レベルから地域コミュニティまで、幅広い視点からお話を伺ったり見学をさせていただいた。また、野毛坂グローカルが実際に実施するプロジェクト活動も見学訪問する中で、国際協力に関わる視点についても学んだ。

1日目(2月10日(月))
・社会開発人間安全保障省障害局
 (Department of Empowerment of Persons with Disabilities, Ministry of Social Development and Human Security)
・国連・アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)
・アジア太平洋障害者センター(Asia-Pacific Development Center on Disability: APCD)

・国際協力機構(JICA)タイ事務所

最初の目的地はタイ政府の社会開発人間安全保障省の障害局であった。ここでは主に戦略開発計画部長の方からタイにおける障害者の状況、障害者の権利に関するタイの法律、障害者向けの福祉サービスの概要や政策方針などについて教えていただいた。理念だけでなく具体的な施策を作ろうという意識や、障害者サービスセンター(Disability Service Center)をタイ全土に3000以上設置し、ICTを活用してサービスへのアクセス向上を目指しているといった様々な工夫が印象的だった。

その後訪れた国連・アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)では、理学療法士のバックグラウンドを持ち、現在ESCAPで活躍されている夏目淳一さんのお話を伺った。夏目さんのキャリアのお話を中心に伺う中で、青年海外協力隊などの経験を通して、個人レベルのサポートを超えて政策レベルで社会を変えたいと考えたことが現在の国連機関でのキャリアに繋がっており、今後のキャリアでも政策と現場のバランス感覚を活かしたいとおっしゃっていたことが印象的であった。

次にアジア太平洋障害者センター(APCD)に訪れた。同センターは、アジア太平洋諸国の障害者のエンパワメントと社会のバリアフリー化を目指す機関である。所長のお話を伺ったあと、JICA海外協力隊として現在APCDで活躍されている板子博子さんから、APCDの概要説明、インクルーシブな防災に関するプロジェクト事例紹介、板子さんのキャリアについて伺った。特に防災に関して、災害という非常事態時に障害者の方がどのような状況にあるのか、どういった対策が必要なのかといった点は大変考えさせられた。また、単に日本とタイの二国間の協力だけでなく、タイを通して周辺国へもインクルーシブな防災意識を広げていくための第三国研修という手法が印象的であった。

1日目の最後は、国際協力機構(JICA)のタイ事務所を訪れ、主に民間連携事業を担当している安原裕人さんから、JICAの政府開発援助(ODA)の幅広いスキームの紹介や、JICAタイ事務所の概要、過去のプロジェクト事例などの紹介をしていただいた。特にタイは経済的に発展してきたことから、無償資金援助は現在行っておらず、また、取り組む課題の見極めがとても難しくなっているというお話が印象的であった。

2日目(2月11日(火))
・パトムタニ県ブンイトー市(SMART&STRONGプロジェクト)

バンコクを離れて北に一時間ほどのブンイトー市に行き、午前中に市立病院、デイケアセンター、高齢者活動センターを見学、午後は口腔衛生に関する研修会の手伝いを行った。
ブンイトー市は野毛坂グローカルが協力する自治体ネットワークによるコミュニティベース統合型高齢者ケアプロジェクト(SMART&STRONGプロジェクト)の中心的な自治体であり、その取組を見学した。特に、高齢者活動センターでは、利用者の方からダンスやカラオケなどを通して暖かくおもてなしをしていただき、大変楽しい思い出となった。また、お話を聞く中で、タイの市町村などの自治体は、自らの取り組みの成功事例を国レベルで政策波及していくことへの意識が高いこと、また、ボランティアの方が大きな役割と責任を担っていることなど、日本との違いが多くあることを学んだ。午後はプロジェクトの活動の一環ととして実施するボランティアの方向けの口腔衛生に関するセミナーの運営補助をした。講師は神奈川県立保健福祉大学久保田悠先生が務められ、参加者のボランティアの方の年齢が30代から70代と幅広いこと、みなさんとても熱心にセミナーを受けられていたことが印象的であった。

3日目(2月12日(水))
・バンコク都プラウェート地区にあるゴミ集積地スラム

・民間企業(東洋ビジネスサービス)
・メディア(NHKアジア総局)

午前中、ゴミ集積地スラムに訪問し、コミュニティのリーダー幹部のタイ人の方から様々なお話を伺った。このスラムはゴミの処理場に隣接しており、またタイ人でだけでなくミャンマー人も多く住んでいる。私自身は、初めてのスラムへの訪問だったこともあり、まずはその衛生環境やバンコク中心地と比べての生活の違いなどに衝撃を受けたが、お話を聞く中で特に印象に残ったのはコミュニティ内におけるタイ人とミャンマー人の格差である。特にタイ人は家の持ち主としてそれを貸す側であったり、ミャンマー人が多く働くゴミ分別の会社を運営する使用者側であったりと強い立場にいること、また、コミュニティ内の総人口はミャンマー人の方が多いにも関わらず、コミュニティリーダーは全員タイ人ということが印象的だった。
午後は、東洋ビジネスサービスの益雪大助さん、NHKの金知英さんのお二方からお話を伺った。それぞれの業務やそれに対する思いだけでなく、キャリアや生活とのバランスに対してのお考えも伺うことができて、大変参考になった。

4日目(2月13日(木))
・パタヤ レデンプトリスト障害者技術専門学校
(The Pattaya Redemptorist Technological College for People with Disabilities)
・ラヨン県のコミュニティビジネス(養蜂)
・ラヨン県のカンボジア人コミュニティ

バンコクをはずれ、チョンブリ県パタヤやラヨン県に向かった。まずはパタヤ レデンプトリスト障害者技術専門学校に訪れた。この学校は、社会変革を行ない得る人材を育てるという理念で、障害者向けの無償の教育を行なっている。この学校で特に印象的だったのは、理想をかざすだけでなく現実的な施策を行っていることであった。インクルーシブな社会実現に向けた素晴らしい理念を持ちながらも、まずは障害者が社会で経済的自立をできるようにといった目の前のステップを重要視しており、そのために様々な妥協も受け入れた中で運営が行われていた。

午後はラヨン県タップマー市の養蜂コミュニティビジネスを訪問した。このビジネスの発起人であるご夫婦のお話を聞き、コミュニティビジネスは成功例が少ない中で、ここではただお金を稼ぐという目的ではなく、趣味や社会貢献として養蜂を楽しんでいる方が多いというのが一つの成功要因であるということが印象的だった。
夕方にはカンボジア人コミュニティ2か所を訪問させていただいた。1か所目は工場勤務者が多いコミュニティ、2か所目は水産業に携わる人が多いコミュニティであった。
カンボジア人住民の方のお話を伺う中で、タイ人との立場の強さの違い、経済的格差があること、また、こどもの教育の権利やその必要性への理解にも課題があることを学んだ。またここへの訪問においては、自分たち外部者としてコミュニティの内部の素直な事情を伺うことの難しさや、自分たちが与えてしまう負担やストレスについて意識することの大切さにも気付かされた。

5日目(2月14日(金))
・ラヨン県タップマー市(移民労働者の子どもの就学促進プロジェクト)

5日目は、野毛坂グローカルが笹川平和財団(SPF)や国際労働財団(JILAF)などと共に支援をしている移民労働者の子どもの就学促進プロジェクトの実施する研修会に参加させていただいた。午前中は議員や村長、保健ボランティアなどコミュニティリーダーに対して、午後は自治体職員や幼稚園や小学校、特別支援学校、非公式教育学校の教師向けに行われ、移民の子どもの教育について様々な議論が交わされた。市長や市役所幹部も参加されており、これほど多くの方がこのプロジェクトに関わっているということがまず印象的だった。
特に、午前の議論では、タイの子どもも課題があるなか外国人の子どもを支援することに対する心理的抵抗や外国から単身でタイに働きに来るのであればよいが教育は母国でうけるべき、また、不法滞在の移民の子どもにタイの税金を使うべきでないといったネガティブな意見も交わされたが、様々な意見があることは承知の上で、正論だけを押し付けるのではなく少しずつ子どもの権利について共感してもらうという姿勢が、当事者主体で社会を変えていくためにとても重要なのだろうと学ばせていただいた。

6日目(2月15日(土))
・チュラロンコン大学学生との交流会
・博物館などの訪問(ラチャブリ県・サムットソンクラム県)

タイ留学中の学生の企画でチュラロンコン大学の文学部の学生との交流会をした後、ラチャブリー国立博物館やその周辺の寺院、公園の散策をして、宿のあるサムットソンクラム県アンパワーの水上マーケットに向かい、夜には船に乗って蛍見学をした。前日までとは趣向が違い、メインでは観光を楽しんだ1日となったが、同時にこれまで考えたことや感じたことについて、参加者とゆっくりと話し合うことができる時間ともなった。

7日目(2月16日(日))
・移民労働者向け識字教室(Foundation for Rural Youth :FRY)
・マングローブ植林地

午前中、FRYというNGOが運営する移民労働者向け識字教室を訪問させていただいた。ここではミャンマー、カンボジアなど様々な国出身者が学んでおり、また、内容もタイ語の識字から公立学校への入学準備の学習、非公式教育、職業教育など幅広く行なわれている。NGO幹部の方からお話を聞く中で、目の前の子どもたちのために、そして社会を変えていくために、自分の生活を犠牲にして熱い思いを持って取り組んでいらっしゃる姿は大変印象的であった。また、財政面で苦労が多いことなど、現場レベルで多くの課題があることを学ばせていただいた。
午後はマングローブ植林地へ訪れた。このマングローブの景色は圧巻で多くの人が観光で訪れていたが、元々その場所にはマングローブ林を切り開いて作ったエビ養殖池などがあり、日本などの外国に輸出されるエビの加工のために多くの労働者が低賃金で過酷な労働を強いられていたなど人権侵害の過去もある場所であった。実際にこういった地を訪れることで、自分が知らない間に人権侵害に加担してしまっていないか、消費者として意識していきたいと考えさせられた。その後はバンコクに戻り、本ツアー最後の振り返り夕食会をして解散した。

ツアー全般を通じて、毎日予習会や振り返り会があり、参加者間で意見交換がなされた。
また、一人20分程度の自己紹介タイム(自分語り)を順番に実施しすることで、参加者同士の思いの共有や理解の促進に役立った。
(報告:中村美遥)

【参加者報告書】

草野詩織 早稲田大学4年
今回のスタディツアーでは、社会的弱者のエンパワメントがキーワードのひとつでした。エンパワメントとは、当事者のコミュニティが主体となり障壁をなくしていくという考え方です。
例えば、今回訪問したアジア太平洋障害者センター(APCD)では障害者の方がスタッフとして働いておられ、ラヨン県タップマー市のコミュニティビジネスは、高齢者夫婦が定年退職の時間を使い自らはじめられた養蜂が地域の高齢者へ広まったものでした。障害者・高齢者・移民などの社会的弱者にあたる方々が主体となると、コミットする可能性が社会的弱者ではない人よりも高く、エンパワメントが成功する割合が高いそうです。実際に施設を訪問してみても、例えばパタヤ レデンプトリスト障害者技術専門学校では車椅子の生徒さん同士が助け合いながら移動をしていました。パトムタニ県プンイトー市のスマートストロング事業における高齢者センターでは若々しくパワフルな高齢者の方々に出会い、社会的弱者の方々が活発に活動されている様子が感じられました。
一方、スタディツアー期間中のディスカッションで何度か参加者の学生から意見が出されたのですが、どのような場合でもコミュニティに入ることのできない人は存在します。障害者の方の間でも、それぞれの障害や思想によって理想とする社会は異なるうえ、現実的には障害の重度に関わらず全ての人に教育を提供するにはまだまだ多くの壁があるのです。高齢者センターにも地域の全ての高齢者が訪れているわけではないですし、地域で差別を受けている移民コミュニティの中にも風俗サービスを提供する移民コミュニティ内で立場の弱い女性がいるといいます。コミュニティとして一括りにされる集団の意見は必ずしも一致しません。当たり前かもしれませんが、見えにくく醜さすらある部分は初めて会う日本の学生があっさり教えていただけるものではありませんでした。
スタディツアーの間毎日行っていた振り返りで私は、結婚や移住によりコミュニティのメンバーになることこそコミュニティ支援の最たるものではないかと記述したことがあります。机上の空論に近い極論のつもりで書いたのですが、スタディツアーを終えてみて案外的を得ていたかもしれないと思いました。今回様々な団体・コミュニティを訪問させていただき強く感じたことは、外部からの支援の構造的限界です。構造的限界とは、主語の限界と持続の限界です。
主語の限界とは、外部の支援者は基本的に「我々」として発言することができないということです。外部者があるコミュニティの課題を述べるとき、多くの人は「彼らの課題は」と話し始めるでしょう。外部者がコミュニティの課題を探るとき、まずは村長などの幹部にあたる人から話を聞くことが多いそうです。村長が村の総意として「我々」の意見を述べても、全ての村人が村長と全く同じ考えであるはずがありません。しかし、村についてほとんど知らない外部者は村長の発言を村の全てとして受け取ってしまう危険性があります。つまり、外部者は客観的な視点からしかコミュニティをみることができないため、幹部や有力な発言権のある「彼ら」の意見を唯一の真実であるかのように感じてしまうのです。
持続の限界とは、外部の支援が永久に続くことは難しいということです。まずは意志の継続という観点で考えたいと思います。外部者がコミュニティに対して働きかける場合、いくら強い想いをもっていたとしても生涯をかけることは簡単ではありません。コミュニティに所属する内部者であれば、世代を超えて意志を継いでいくことも可能かもしれません。しかし外部者の場合、子や孫はコミュニティとは関係がないので、自分と同じような想いを持ってコミュニティに携わる可能性は低いでしょう。組織の後輩に引き継ぐにも、後輩には後輩の想いがあるかもしれません。外部者は、想いを次の代に継承することがとても難しくなるのではないでしょうか。
想いがある外部者であっても、支援内容が持続的でないと持続の限界はさらに早まります。スタディツアー中、次のようなお話を伺いました。移民が多く住むスラム地域で、親たちが資金を出し合い小学校の予備学校を設立しました。予備学校が軌道に乗ってきたころ、その地域にあるNGO団体が無償で通える小学校の予備学校を設立しました。すると、親達は授業料のかかる地域設立学校よりも無償のNGO設立学校に子供を通わせるようになりました。しかし、地域設立学校は将来もしNGOの支援する運営費が不足すると継続が難しくなることもありえます。NGO団体は一般的に彼らが設立した学校を永久に継続するつもりはないと思います。つまり、この地域の移民の子供への教育の生殺与奪の権はNGO団体に握られているのです。
タイ王国でエンパワメントについて学び感じたことは、主体の内部者移行が想像よりもずっと急を要するということです。障害者や高齢者、移民のような社会において少数派の人が声をあげられなくなったとき、彼らは本当の意味で社会的弱者になってしまうのではないでしょうか。スタディツアー初日に野毛坂グローカルが、「目指す理想は同じでもそれを実現するプロセスの違いで揉めることがある」と仰られました。外部の人間たちが勝手に揉めて勝手に決めたプロセスよりも、自分たちで話し合い納得して決めたプロセスで理想の社会を目指すことで、それぞれの地域に最もあった形が見つかるはずです。翻って私も、自分が所属している地域社会について考えさせられる機会が多くありました。自分は意見を言わずに文句ばかり言っていないか。少数派の意見を無視していないか。すべての人の暮らしやすさを、マジョリティの目線だけで目指しても理想は一生達成できないでしょう。これからの社会を担う世代として、だれもが声をあげられる、そして受け入れられる社会を目指していきたいと強く意識しました。
最後になりますが、訪問させていただきました皆さまを始めとする、スタディツアーに関わってくださった皆さまには大変お世話になりました。このような機会をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。

中村美遥 京都大学4年
このスタディツアーは、これまで自分が深く社会課題や国際協力について、多くの気づきを与えてくれた。本ツアーに参加する前、私はタイ社会がどういった社会課題を抱えているのか、また国際協力という視点から日本はどういった活動を求められているのかについて学びたいと考えていた。実際に参加を終えた今、それらが完全にクリアになったとは言えない。その代わり、課題はとても複雑で、その解決策にも明確な唯一解はないという現実を教えていただき、これから自分が国際協力に関わっていく上での大切な気づきを多くもらったと感じている。本ツアー全体を振り返って特に考えたことは以下の3点である。
1点目は、SDGsの理念でもある「誰一人取り残さない(No one will be left behind.)」の意味についてである。本ツアーに参加前、私はこの言葉について、障害者や移民、LGBTQ+といった様々なカテゴリーでマイノリティとされる方々が包摂された社会を目指しているのだという理解をしており、同時に、現実的な目標とするには曖昧でハードルが高く、綺麗事のように聞こえてしまっている節もあった。しかし、本ツアーを終えた今、このスローガンは、具体的な社会の目標を示すという意味に加えて、人を集団ではなく「個」として捉える姿勢の大切さを示しているのかもしれないと考えている。本ツアーでは移民の子ども、障害者、高齢者など幅広い側面からタイにおけるインクルーシブな社会の実現に向けた先進的な取り組みを見学させていただいた。成功事例を見せていただいたこともあり、見学をする中で私は当初、「こういったプロジェクトがなされているこの地区はインクルーシブな社会が実現されているのだろう」と楽観的な感想を抱いた。しかし、詳しく活動されている方のお話を伺ったり、他の参加者との議論をする中で、その取り組みから取りこぼされた個人の存在に気付かされた。「移民」などのように集団を分類することは、大枠で社会を捉えて施策を打つ中では効率や効果の点で良い場合も多いが、同時にそれだけでは見逃してしまう人々がいる。社会について考える時、大きな主語で捉えすぎず、「個」をできるだけ見逃さないようにしたいと考えさせられた。
また、本ツアーを通して、社会の状況を理解する上で、政策と現場の両方の視点を持つことの重要性をとても感じた。本ツアーでは、タイの社会について政策レベルから地域コミュニティまで、幅広い視点からのお話を伺う機会があった。その中で特に1日目、社会開発人間安全保障省障害局の方から、タイの障害者の権利を守るために様々な制度作り、サービス提供を行っていることを伺い、素直にタイは高齢者インクルージョンに対してとても進んだ国なのだという感想を持った。しかし5日目、パタヤ レデンプトリスト障害者技術専門学校という障害者へ無償の教育を行っている学校でお話を伺う中で、現実と理想の乖離が大きいことを教えていただいた。この学校はインクルーシブな社会実現に向けた素晴らしい理念を持ちながらも、まずは障害者が社会で経済的自立をできるようにといった目の前のステップを重要視しており、就労機会の確保のために障害者だけを集めたコールセンターなどの就労場所の創出をされているなど、一見するとインクルーシブとは逆行したような取組も行っていらっしゃった。障害者インクルーシブにおいて先進事例とされるこの学校においても、多くの妥協をせざるを得ないという状況を目の当たりにし、政策はあくまで理想を示したり大枠を決めるものであって、現実とは大きな乖離があったり、その大枠から外れてしまう人もいるという側面を知り、政策的な視点ばかりでは現実を見落としてしまう可能性があることを学んだ。外部者として他国の社会について知ろうとするときは特に、どうしても政策サイドに視点が寄ってしまうと感じるが、幅広い視点を持つ努力を忘れないでいたいと学ばせていただいた。
3点目は、国際協力のあり方についてである。本ツアーで国際協力のプロジェクトの現場を見せていただく中で、当事者ではない外部の者として社会課題に対して活動をするにおいて、本当に当事者たちがその活動を望んでいる(その活動で幸せになる)のか、持続的に長期間続けていけることなのかという点がとても重要かつ、意外と難しいことなのだと感じさせられた。本ツアーでは、野毛坂グローカルがタイで行っているプロジェクトを2つ見学させていただいたが、その中で大切にされていたことの一つに「当事者主体」というものがあった。特に国際協力という活動の枠組みにおいては、無意識的に自分や自国の価値観で相手を判断し、相手に対して勝手な理想を押し付けてしまったりする可能性があること、そしてそれによって、結果として意図しない形で相手にネガティブな影響を及ぼす可能性があるということを教えていただき、大変考えさせられた。実際自分も、このツアーでタイの社会について勉強させていただく中で、つい日本と比べて不十分に見える部分に注目してしまうことが何度かあった。しかし、そもそもタイが日本と同じような社会を目指していると決めつけてしまったり、自分起点で物事を考えてしまっている姿勢は、活動がたとえ善意に基づいたものであっても、かえってその社会の当事者にネガティブな影響をもたらす可能性があることを学ばせていただいた。
このスタディツアーで過ごした1週間、これまでの自分が知らなかった世界をたくさん見せていただき、社会のことや自分自身のキャリアについて、多くの大切な学びのチャンスをいただいた。このツアーでお会いした全ての方への感謝を心に留めて、学びをこれからに活かしていきたいと強く思う。

峯本麻由 徳島大学医学博士課程1年
今回私は、唯一の社会人かつ、医師というバックグラウンドを持ちながらこのスタディツアーに参加させていただいた。今後の自分のキャリアとして、国際保健に携わりたいと思っていた私は、「社会人になってからは年に一度は海外に行く」と決めており、これまでにも医療ボランティアや熱帯医学を学ぶための感染症病院訪問などでミャンマーやカンボジア、フィリピンなどを訪れていた。2024年には米国の公衆衛生大学院を卒業し、帰国後臨床医として日本国内の病院で勤務する一方、国際協力のより現場に近い場所で「リアル」に触れたいと思っていた。そんな矢先に、野毛坂グローカルのスタディツアーの参加者募集のお知らせを募集締め切りギリギリにたまたま見かけ、晴れてツアーに参加することとなった。
2月の極寒の中日本を出発したが、ドンムアン空港に降り立った瞬間、太陽が燦々と輝く乾季のタイの光景が現れた。ツアーでは毎日何箇所も訪問し、沢山の人々に会い、怒涛のように時間が過ぎていったが、その中でも私が特に強く印象に残ったのは、SMART&STRONGプロジェクトという、野毛坂グローカルが携わっている自治体ネットワークによるコミュニティベース統合型高齢者ケアプロジェクトのためにパトムタニ県ブンイトー市を訪問したことである。ブンイトー市では、市立病院とデイケアセンター、高齢者活動センターなどが一体となって相互に協力関係を築きながら高齢者の健康を守っていくさまざまな取り組みを紹介していただいた。驚いたのは、このSMART&STRONGプロジェクトではどのように高齢者をサポートするかの具体案は提示せず、プロジェクトに参加する39の自治体が自分たちでどのような施策をしていくかを決定し、それを紹介しあい学び合ってているという点である。つまり、ブンイトー市の事例は一つの例にすぎないのだ。通常、何かのプロジェクトを推進しようとするには、一つのコミュニティでの成功事例を作り、それをモデルケースとして横展開していくケースが多いが、各々のコミュニティに個々の特性があるため、一つの事例をコピーして応用できるのか、以前から疑問に思っていた。その点でこの施策は大変理にかなっており、またこれが上手く機能するように各々の自治区同士が意見交換をできるよう、プロジェクト内では様々な工夫が散りばめられており、「このような方法があるのか」と驚いた。無論、このプロジェクトの説明はホームページにも紹介されているのだが、実際に自分の足を運んで現地のスタッフや、実際に施設を利用するタイの人々に触れ合うことで初めて納得のいく答えが得られたように思う。
また、今回のツアーをさらに意義深いものにしてくれたのは、このツアーのために集結した他の参加者たちである。私は社会人大学院生として参加したため、他の参加者は私より一回りも若い学部生であった(というよりも実際は、私が一回り年を取った参加者だったのだが)。日本では臨床医として勤務しているため、院内ではほぼ医療従事者としか関わることがない私にとって、教育や環境、政治など、様々なバックグラウンドの知識を持つ参加者と議論を重ねられる時間はまたとない経験であり、自分にはない柔軟かつまっすぐな意見にも多くを気付かされた。同時に、他の参加者より少し歳を重ねた世代として、また医師として、自分の感じたことを積極的に発表することこそが、私が彼らに少しでも役に立てることなのかもしれないとも思い、このツアーに参加するだけでなく、自分のアイデンティティを見出した気がした。
そして、このツアーがこれだけ学びあるものになっているのは他でもない、主催者であるである野毛坂グローカルさんの力が大きいと感じた。行く先行く先で、お会いする現地の人々のコメントに対して、国際協力で長年タイに携わってきた目線から丁寧な解説が必ずと言っていいほど付け加えられ、そこからさらに他の参加者たちと深掘っていく、そんな毎日を過ごした。今回の、1週間という限られた時間のなかで、初めてタイを訪問する私たちができる限り「リアル」を感じられるようさまざまな配慮をしてくださっていた。補完的な解説やコメント、投げかける疑問によって「今自分たちが触れているものはどういう意味を持っているのだろう」「自分の理解は本当に正しいのか」と、飲み込む前に一度立ち止まって考えてみる、そんな思考回路が育ったように思う。そしてその思考回路は、常識や文化が全く異なるもの同士が関わる国際協力においては必要不可欠なのではないかと感じている。
1週間の旅を経て、私は再び日本の病院の中で日々患者さんと向き合った日々を送っている。しかし、自分の勤務する病院の外でも、世界中に医療を必要としている人がいる。日本に帰った後も、そういった人々に思いを馳せることが多くなった今、私は次なる目標に向かって進むことを決めた。きっかけや前進するエネルギー、沢山の機会を与えてくれた、今回のツアーに関わってくださった全ての方々に御礼申し上げます。

 

島田紗恵子 法政大学4年(タマサート大学交換留学中)
本スタディツアーの7日間は、間違いなく人生においてもかなり充実した一週間であった。この報告書を書くために1週間分の報告書やメモを振り返ったが、学んだことや見たこと、考えたこと、疑問に感じたことは日によって異なるうえに多岐にわたり、複雑であった。悔しいが理解や自己納得の範疇を超えていて、正直にまだ完全には消化しきれていなく、まだまだ共に学んだ仲間とディスカッションをしたい気持ちで山々である。しかしこの心に残る問いが、今後、異なる分野の学びの中でも再度現れて、たびたび考えさせられるのだと思う。
したがって本報告書は、各機関や分野、課題について私の雑感を述べるのではなく、1週間全体を見通して考えた所感に留めたい。
1週間学びを続ける中で、「社会課題に対する地域のエンパワーメント」が、自分の中での共通したトピックであった。障害者、高齢者、移民、子供といった様々な社会的弱者とみられる人たちが直面する課題が存在し、それに対して政策レベル、現場レベルで対処しようとする人々と会話をし、目で見て、ディスカッションをすることで学ぶことができた。様々な施設を練り歩き、お話を聞くなかで、やはり外部者の私としてはその地域に関する知識不足、実情の把握不足から混乱することが多く、結局は表面的、構造的にしか学べないことを無意識に感じていた。第三者としての無力さをどうしようもなく感じるなか、野毛坂グローカルの車内での補足説明の中で、「月並みな表現にはなるが、結局は地域のやる気というものが核となる」の一言が心に深く残った。サラッと述べられていたし、至極当然のようには聞こえるかもしれないが、この地域のやる気というのは、スタディツアー参加前と比べて参加後では具体的にイメージできるようになった。課題に対して地域がコミットメントする、簡単にいえばやる気があるかどうかとは抽象的に見えるが、実は解決のための重要なポイントであると改めて認識した。一丸となって課題にコミットメントする思いがなければ、地域内で分裂するか、プロジェクトが続かないか、さらにはNPOやNGOの外部支援者にただ翻弄されて振出しに戻る可能性がある。一方で、地域のやる気次第では、主体的に活動することで、様々な制約や条件を乗り越えながら柔軟な考えが生まれ、その柔軟なアイデアは政策の枠を超え、実社会にフィットするものであり、インクルーシブ社会に到達できると考える。
印象的なのは、移民の子供たちに対する支援への反対意見である。大学での学びでは、開発VS地元住民など構図としてしか知らない現象が今目の前で起きた。彼らの主張はプロジェクトとは反するものであるが、地元住民の切実な願いであり、それらを蔑ろにして強引に事を進めては、将来的に必ず頓挫するか、反対する気持ちは増す一方である。つまり、プロジェクトが発起された以上は、反対意見、賛成意見含めてまず地域の中である程度の合意形成が必要だと思う。実際に、一部の地元住民は移民の子供支援には否定的だが、教師など現場の人々はもはや是非ではなく、どのように彼らを助け、包括していくかを課題としていた。既に地域という体のなかで考えに齟齬が生まれている点に疑問を感じる。特にこの移民の子供達支援プロジェクトは、第三者の支援が入っている。つまり外部者にも地域の思い、実情を強力に伝えるような一枚岩の協調関係と、自立への思いが必要なのではないかと考えさせられた。またスラム街の近くに建てられた学習センターに対する、NGOやNPO同士の衝突の話も印象的であった。NPO、NGOの間で課題に対してどのような考え、対処手段が最適か、どう連携するかは地域のために足並みをそろえているわけではない。どのように彼らと連携し利用するかは地域の意思次第であり、それによって、地域の課題が改善することもあれば、悪化することもある。これも同様に、強力な地域の主体性と自立に対するやる気が求められる。
反対に成功例として、JICA草の根技術協力である自治体ネットワークによるコミュニティベース高齢者ケアプロジェクト(SMART&STORNGプロジェクト)の一環である地域医療センターとラヨン県で実施されていた養蜂のコミュニティビジネスを考える。後者と比べて前者は規模が大きい、後者はあまり利益追求を考えていないなど違いはあるが、どちらも地域が一丸となり、意欲的に取り組んだ結果生まれた地域包括型であり自立して采井されているユニークなプロジェクト例だ。どちらも第三者である大学やNGO、自治体などが介入しているが、主体的に、自立的に(経済的にも意思決定においても)しているように見える。地域の課題に対するコミットメントは程度に差があるが、それがプロジェクト、ひいては持続性にも影響が出るだろう。それらの多種多様な地域をつなぎ、交流し、学び合うSMART&STRONGプロジェクトの重要性と有用性の真髄をやっと理解することができた。地域コミットメントが必要である現場と、すでに充実したコミットメントをしている現場の二箇所を見て比べることで、地域のやる気が何をもたらすのか、具体的にイメージすることができた。
 1週間、ツアーの仲間とともに多角的な意見を交わし、自分が学んだ事柄や経験だけでなく、その思考プロセスも参加前と参加後では大きく成長したと思う。日本にいただけでは出会えないような人たちと、課題について、人生について、キャリアについて、些細なことから意見交換ができた。今後も本ツアーでの経験は、人生においてもかけがえのない貴重な経験となった。
もちろん簡単なツアーではなく、社会に向き合い、自分に向き合う非常に濃い一週間であった。自分がこのツアーから何を学び、どう生かすことができるのか、現時点で明確にわかることはないほど、あまりにも多くの経験と考え事を持ち帰ることとなった。もしかしたら10年後、20年後にこの時の経験の意味を発見するかもしれない。
1週間で多くの人と出会い、刺激を受ける毎日でした。無知の学生をお忙しい中温かく出迎えてくれた訪問先のすべての方々、どの方も私たちの質問に対し丁寧に答えてくださったことを心から感謝申し上げます。この時の経験をただの記憶として形骸化させずに学び続けること、そして積極的にアクションを起こすことが、私たち、ひいては若者の役目だと思います。改めまして、ありがとうございました。

工藤 綾太 東京大学2年(チュラロンコン大学交換留学中)
私はこのスタディツアーを通じて、「格差」と「平等」という二つの概念について深く考え続けることになった。ツアーに参加する前にも、スラムから見えるバンコクの高層ビル群を目にし、タイの貧富の差を肌で感じる機会はあった。しかし、今回のツアーを通して、それが単なる貧富の差にとどまらず、タイ国内や国際間で多層的に存在するさまざまな格差を目の当たりにした。国際的な格差はもちろんのこと、バンコクと地方の格差、バンコク内の貧富の差、自治体間の格差、コミュニティごとの格差、ジェンダーによる格差、国籍による格差、コミュニティ内部での格差、健常者と障害者の格差など、枚挙にいとまがない。これらの格差はマクロなレベルからミクロなレベルまで重層的に絡み合い、格差を一括りにはできないことを実感した。特に印象に残ったのはバンコク郊外のスラムと障害者向け職業訓練学校である。スラムでは同じスラム内でもタイ人とミャンマー人の間にパワーの不均衡があり、同じミャンマー人内でも正規の教育を受けられるか受けられないかといった重層的な格差が存在することを知った。また職業訓練学校について、この学校は優れた職業訓練を行っているものの、選ばれた障害者しか入学することができないというように障害者のなかにもこの学校に入れる障害者と入れない障害者というような格差、機会の差があることを知った。これらの経験から、一般的に社会的弱者と呼ばれる人たちの中にもまた様々な格差が存在するため、一括りにして扱うことは不適切であり、格差を一層ずつ分析していく必要性を感じた。
一方ツアーを通して同時に格差解消のためにタイでは様々な取り組みが行われていることを知った。初日に訪れた障害局ではタイでは手厚い障害者福祉が行われていることを学び、5日目に見学した移民教育の会議では、「国籍に関わらずタイにいる全ての子どもは教育を受ける権利がある」という理念のもと様々な立場の人が移民教育についての課題のディスカッションや意見交換が行っており、タイの格差解消や人権保障に対する熱意を肌で感じた。その他にも民間レベルやコミュニティレベルでも支援が行われており、格差解消の支援も重層的に多様な支援が行われていることを知った。
しかしこの経験を通して、SDGsが掲げる「人や国の不平等をなくそう」という目標の達成がいかに難しく、複雑であるかを痛感した。格差解消のための政策一つをとっても、経済的合理性や政治的要因、新たに生じる問題などが絡み合い、単純に解決できるものではない。さらに野毛坂グローカルさんの「平等とは何を指すのか、目先の平等を重視するのか、長期的な理想を追求するのかによって取り組み方も変わる」という説明がとても印象に残っている。最終的な目標である「人や国の不平等をなくそう」についてはほぼすべての人が賛成すると思うが、平等の実現をどのような切り口で取り組むかによっては、日本でも大学の女子枠など議論になっているように、その過程で最大多数の最大幸福や自己責任論、自分自身の利益との相反といった他の主義主張を持った人々との対立も大きく存在すると思う。タイでも移民教育についてなぜタイの税金がタイ国民ではなく、移民に使われるのかと批判をしている人もいたが、その意見にもとても一理があると思う。平等を実現する過程で逆に不利益を被ったり、新たな不平等を作り出してしまったりすることがあるかもしれない。理想には賛成できても現実の解決策に賛成することは必ずしも簡単ではない。
だからこそ、個人レベルでできることとして、異なる立場の人々の状況を知り、さまざまな視点から話を聞き、物事を多面的に見ることが重要だと考える。そして、何よりも当事者とつながることが大切だと強く感じた。このことを強く感じたのは最終日に訪れたFLYという財団が経営しているミャンマー人の移民教育学校である。それまでにツアーを通して様々な施設を見学したが、私自身その学校を訪れて初めて「寄付したい」と強く思った。その理由の一つは、運営者の熱い思いに触れたことだが、それ以上に、私自身にミャンマー人の友人が多くいたことが大きかった。彼らからミャンマーの情勢を聞いたり、ビルマ語を教えてもらったり、一緒に遊んだりする中で、ミャンマー人を身近に感じるようになった。そして、同じくタイ語を学ぶ立場として、タイ語を勉強しているミャンマー人移民の苦労がより身近に感じられ、無関心ではいられなくなり、より他人事から自分事となった。人間は、自分に近い存在のことをより重要に感じる傾向があると思う。遠い国の出来事よりも、身近な人の問題のほうが強く心に響くものだ。私自身、ニュースでパレスチナやウクライナの話を聞いても、どうしても遠い出来事のように感じてしまうことがあった。しかし、個人的なつながりや感情的なつながりを持つことで、関心を持ち、心配し、協力したい、手助けしたいという思いやりが芽生えることを実感した。「すべての人を平等に扱うべき」という理想を掲げても、現実には身近な人ほど大切に感じてしまうのが人間の本能かもしれない。しかし、その本能を否定するのではなく、まずは自分の周りから関心を持ち、理解し、行動することが、より公平な社会への第一歩なのではないかと考える。このスタディツアーを通して様々な格差の当事者が少し身近になった。

大澤穂香  早稲田大学2年 (タマサート大学交換留学中)
7日間のスタディツアーを通して、特に考えさせられたのは、社会課題を解決するための支援や取り組みのあり方についてです。今回、タイ中央政府である社会開発人間安全保障省障害局、JICA、JICAの協力でタイ政府により設立されたアジア太平洋の障害者のエンパワメントと社会のバリアフリー化を推進するアジア太平洋障害者センター(APCD)、障害者職業専門学校、移民の識字教室など就学支援を行っているNGOのFRY、そして野毛坂グルーカルと地方自治体や地域コミュニティ、と、実に多様な立場の機関の取り組みを見せていただきました。その中で感じたのは、どの立場からの支援においても限界があったり誰かが取りこぼされるという現実、そして、ある意味当たり前のことですが、結局のところ完璧な支援などなく、それぞれが補い合うしかないのだということです。例えば障害者局で見たタイ政府の障害者支援制度は、すべての障害者にリーチしようとして様々な施策を行っていますが、それでも支援が届かない人がいることが容易に想像され、また制度のもつ充実した内容がすべてが現実として機能しているのかも疑問に感じるものでした。逆に、コミュニティの取り組みでは保健ボランティアなど地域で活動するボランティアの役割が大きかったり、FRYの活動は職員が身を粉にして働いていたりと、志ある人たちの献身によって成り立っている活動についても、それはそれで持続可能なのか疑問を感じました。私は元々、公助の役割が長年大きかった日本で育ったことや政治学部で政府の政策を中心に学んできたこともあり、自助、共助の役割を大きくすることで力のない人やコミュニティが見捨てられるのではないかと思っていました。しかし、コミュニティがそれぞれの力を活かした共助の取り組みを見て、その柔軟性などの強みを実感しました。また、公助の重要性を当たり前に考えていたことに気づき、そもそも自己責任のあり方についても改めて考えさせられ、軽い衝撃を受けました。様々な取り組みを見ることで、こうした自助、共助、公助のそれぞれの強みと弱みを実感することができました。また、そもそもの考え方として、理想に近づくための一歩と目の前の現実のための一歩というような話もとても印象に残っています。これは、障害者支援について話していたときに野毛坂グローカルがおっしゃった言葉で、例えば社会全体がバリアフリーで障害者のための施設が必要ない世界という理想のための取り組みと、現実的に今困っている障害者がいるのでその人たちのための施設を作る取り組みと、というように目的の違いが存在するということです。この2つはたしかに明確に異なり、取り組みを見る上で重要な視点であると感じるとともに、自分が行いたいのはどちらなのかそれ以来考えているほどとてもインパクトがありました。加えて、資金の提供の是非をはじめとする、持続可能な支援とはなんなのか、支援を持続可能な形で届けるためにどこまでの犠牲を許容できるのか、という問題にも出会いました。このような、社会課題解決の取り組みや支援をめぐる様々な立場や考え方を、このスタディツアーを通して知ることができました。今まで自分がひと口に社会支援と呼んでいたものに対して、それが本当に多様であることを目の当たりにしてそれぞれの長所と短所を見つめられたことで、以前とは比べものにならないほど視野を広げられたと感じています。
私は出発前のレポートで、「多様な弱者支援のありかたを学び、弱者支援そのものについての考えを深めるとともに、進路について考えるうえでの視野を広げたい」と書きました。ここまでに書いたように、前者の目的については大変満足のいく成果を感じられています。そして後者の進路についても、大きなインパクトを与える経験になったと確信しています。まだ具体的にどのような立場でどのような問題に関わりたいというのが見えたわけではありませんが、多様な取り組みのあり方を知った上で強み弱みを踏まえて考えられるようになったと実感しています。また、お会いした日本人の方々からご自身のキャリアについてもお話しを伺うことができ、働き方にもたくさんの選択肢があることを実感した他、家庭との両立の難しさについても改めて考える機会になりました。
他にもこのスタディツアーで得たものは多くあります。例えば、スラムや移民のコミュニティを実際に訪れてその人たちが働いて生活していることを自分の目で見た経験、他の参加者のみなさんと意見を出し合うことで出会った自分にはなかった視点、意見交換や毎日の報告で実感した言語化の大切さ、など挙げればキリがありません。このスタディツアーで得た経験と視点はきっと、目前に迫った進路選択において、そして将来働く上でもずっと、私の考え方と行動とに大きな影響を与えると予感しています。
最後に、野毛坂グローカルと参加者の皆さん、大変深い学びの時間を本当にありがとうございました。

清水陽太  明治大学2年(チュラロンコン大学交換留学中)
このスタディツアーの体験は単純に言語化できるものではない。表面的な「気づき」や「学び」という言葉で片付けるには、あまりにも複雑で重層的な経験だった。正直なところ、このツアーをどう受け止めるべきか、今も考えている。率直に感じたことを価値観の変化として受け入れることは成長の養分になるだろう。しかし、プラスの側面だけでとどめておきたくはない。成長とは時に、心地よい気づきだけでなく、答えのない問いや矛盾との対峙から生まれるものだと感じている。頭の中が完全に整理できているわけではないが、余計な自分の考えも含め、今思うことをここに記したい。  
ツアーを通じて最も強く学んだのは、「恩恵を受ける人と受けられない人」の存在である。この視点は、単なる理論としてではなく、現場を見て初めて実感を伴ったものだった。タイのブンイトー市立病院を訪れた際、私は医療と地域住民を結びつけるバイパスとしての役割を強く実感した。たとえば、タイ全土では数万人ごとにコミュニティ病院が設置され、医療アクセスの改善が進められている。ブンイトー市では、さらに一歩踏み込み、市内のヘルスセンターを拡充し、病院に行くことが難しい人々へのサービス提供を強化していた。また、他の自治体では1カ所程度の高齢者センターも、この市では住民の通いやすさを考慮し、3カ所に設置されている。これらの取り組みからは、住民を取り残さないための工夫が随所に見て取れる。しかし、医療アクセスの良し悪しは単純な二分法では語れない。たとえ医療機関が整備され、アクセスのハードルが下げられたとしても、文化的・言語的な壁が残る場合がある。たとえば、移民労働者にとって、地元住民向けに最適化された医療環境が、本当に「自分のためのもの」として機能するのか。それは制度設計だけでなく、実際の運用を見なければ分からない問題だった。ブンイトー市では、多様な住民への配慮も進められている。医療アクセスの課題に対し、すでに解決の努力がなされているという事実は、日本と比較しても驚くべきものだった。しかし、その先にはなお「すべての人が等しく医療を享受できるわけではない」という現実がある。だからこそ、理想を掲げるだけでなく、それをどのように具体的に実現するかを考え続ける必要があると感じた。
プラウェート地区のゴミ集積地スラム訪問では、自分自身の「共感の消費」という罠に気づかされた。「スラム=貧困」→「それでも笑顔で誇りを持つ人々」という安直な感情的反応を抱いてしまったことを大きく反省している。確かに自分が感じたことを一次情報として受け止めることは大切だが、それは単なる「自己満足的な共感」にとどまり、結局、現地の人々の現実とは何の関係もない。感動した自分だけが満たされ、当事者には何の変化ももたらさない「究極の他人事」になりかねない。このような美談化は危険であり、現実の複雑さを見失わせる。笑顔は「生活が満たされている」ことを必ずしも意味しない。むしろ困難を乗り越える強さや、状況を受け入れる態度が隠されていることが多いはずだ。「誇りを持っているように見える姿」も、外部者に対して肯定的な印象を与えようとする文化的な側面があるかもしれない。外部者が「貧しいけど心温まる場所」という印象だけを持つと、援助や政策が非現実的・感情的な方向に流れてしまうリスクがある。「笑顔が支える温かいコミュニティ」というイメージが本質的な課題を覆い隠すバイアスとなり得る。さらに、誇りを持っているように見える背景には、変化を諦めて現状維持を受け入れる選択が含まれる場合もある。
このツアーから持ち帰るのは、心地よい希望ではなく、むしろ不快な現実認識である。「何かできるはず」という綺麗言を並べることは、現実から目を背けることになりかねない。正直なところ、スタディツアー後の日常に戻れば、ツアーで見た現実は写真や映像に頼る遠い記憶になっていくだろう。それを防ぐために必要なのは抽象的な「問い」ではなく、具体的な不協和音として心に留めておくことかもしれない。また、私たちは問題があるとすぐに解決策を見つけようとする。このツアーで直面した現実も同様に、すぐに「何かできることはないか」と考えてしまった。しかし、複雑な問題に安易な解決策を求めるのは、表面的な理解にとどまるという危険性を孕んでいる。「行動しない自由」についても考えさせられる。「何かしなきゃ」「何か行動に繋げなきゃ」と焦る気持ちや脅迫心がある。タイミングを見失って結局動かないことは恥じるべきだが、「すぐ動くこと」ではなく「動かないことを選ぶ決断」も時には必要だと感じる。このスタディツアーに参加する学生は皆、志が高い人たちだった。そのベクトルや熱量の注ぎ方は一人一人バラバラであるからこそ面白い。みんながみんな同じ意見を持っているわけではなく、エッジのかかったポリシーに基づく発言は毎回新しい気づきをもたらしてくれた。異なる視点との対話は、自分の思考の枠組みを広げ、より多角的な視点を獲得する貴重な機会となった。
もしこの感想を見てスタディツアーに興味を持ってくれる方がいるなら、一つだけ言えることがある。このスタディツアーは必ず0のまま停滞させてはくれない。その針は自分にできることを見つける分野を考えるプラスの方向にも、政策の裏と現場を照らし合わせた時のストレスというマイナスの方向にも傾くかもしれない。重要なのは、その複雑な感情や思考をそのまま受け止め、単純化せずに向き合い続けることだ。このツアーで得た経験は、私の中で完全に整理されたわけではない。それでも、この未整理の思考と感情の混沌こそが、これから長く続く自己変容と社会との関わりの出発点となると確信している。

増山優      埼玉大学2年(タマサート大学交換留学中)
このスタディーツアーを通して、何を学んだか。
私は、学問としての学びと自己を見つめることで得た学びの2つがあったと考える。
いま私は交換留学生として5か月以上タイに滞在している。見慣れたタイ、人並みには理解していると思っていたタイが、この1週間で大きく深化した。忙しい留学生生活を送る中で、タイについて深く考える機会は意外にも少なかったと気づかされた。
私は日本の大学で国際開発学を専攻し、タイに来てからもソーシャルチェンジを軸にした政策論や人権について学んできた。授業はとても楽しく、学生たちは英語が堪能で発表やプレゼンテーションにも慣れており、受けてきた教育の違いを感じることも多い。その中で刺激を受けながら学んできたが、授業の内容は表面的な議論にとどまることが多く、実際にはプレゼンテーション力や英語で自分の意見を述べる経験の方が収穫として大きいと感じていた。その理由を考えた結果、ほとんどの授業が「ソーシャルチェンジを前提としている」ためではないかという結論に至った。
例えば、子どもの権利について考える授業では、「子どもの権利は守られなければならない」「それを阻害する要因は解決されるべきである」と学ぶ。しかし、なぜその要因が発生し、いまだに改善されていないのかについては深く議論されることは少ない。この状況を「チェンジ」すべきなのは当然だが、なぜ変えられない状況があるのかという視点が欠けていると感じていた。そんな中、「政策から現場まで」というこのスタディーツアーのキャッチコピーを見て、私の心に光が差し込んだように感じた。今こそ社会問題について深く学べるチャンスだと確信し、強く心を動かされて申し込みを決めた。日本語でなら深い議論ができるかもしれないという期待もあった。
実際に参加し、多くの学びを得ることができた。さらに、素晴らしい仲間にも出会えた。毎日の振り返りでは鋭い視点からの意見がいくつも出され、自分の意見に自信を失うこともあったが、それもまた新たな気づきにつながり、仲間に感謝している。特に、自分の関心領域である「障害と開発」について学んだことは大きな収穫だった。今回のツアーでは、社会開発安全保障省障害局、アジア太平洋障害開発センター、パタヤ・レデンプトリスト障害者職業訓練学校の3つの障害関連の組織を訪れた。障害を医学的な問題としてだけでなく、社会環境によって生み出されたものと捉える視点は、私にとって革新的だった。
特に、アジア太平洋障害開発センターでは、障害者のエンパワーメントと社会のバリアフリー化を目指す取り組みとして、インクルーシブビジネスやコミュニティにおける障害開発、インクルーシブ防災などが「障害者主体」で進められていると聞き、今後の可能性を感じた。この団体の特徴は、政府機関から草の根の障害者団体まで幅広いネットワークを持ち、二国間ではなく、タイを通じて周辺国へ知識や経験を普及する第三国研修の制度を整えている点、そして何より障害当事者がこれらの活動の主力を担っている点である。このような活動が一般レベルで普及してほしいと願う一方で、障害という概念が文化や宗教と結びついていることもあり、この考え方を主流化するには一定の困難があると感じた。また、極端な障害者への配慮が彼らの立場を弱める可能性もあり、インクルーシブをどこまで進めるべきかは慎重に考えるべき課題だと痛感した。
また、ツアーを通してキャリアについてもヒントを得ることができた。完璧主義な私は、「次のステップにつながる経験をしなければならない」という理想が常に先行し、自分の興味関心を追求することに臆病で、半ば諦めてしまうことがあった。しかし、さまざまな方の話を聞く中で、真面目に仕事をすることだけが成功ではなく、時に遠回りに思えることや、無駄を楽しむことも大切だと学んだ。特に、野毛坂グローカルさんの「リスクマネジメントとはリスクを減らすことではなく、リスクをコントロールすること。」という言葉が印象的だった。大きな理想を実現するために戦略的に回り道をすること、役に立たないからと切り捨てるのではなく、まずは目の前の一歩を大切にすること。この考え方は、今後人生の岐路に立たされたときに大いに役立つと感じた。
最後に、このツアーに関わってくださったすべての方々に心から感謝したい。この経験は、今後の大学での学びや将来について考える貴重な機会となった。ツアーが終わった後も、広い視野を持ち、謙虚な姿勢で物事に取り組むことを忘れずにいたい。本当にありがとうございました。