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受賞者発表! 2025年度(第6回) SDGs「誰ひとり取り残さない」小論文・イラスト・AI コンテスト

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2025年度 第6回 SDGs「誰ひとり取り残さない」小論文・イラストコンテストの結果を発表します。

本コンテストは、若者がSDGsの理念に基づき、自らの視点で社会課題を考え、その声を社会に発信することを目的として実施しています。
運営は、主に学生からなる実行委員会によって行われています。

従来の小論文部門、イラスト部門に加え、今回はAI部門を新設しました。
小論文部門およびイラスト部門では、一定の条件のもとでAIの活用を認めるとともに、AI部門では全面的にAIの使用を認めています。これは、表現が苦手な人や、障害などの理由により小論文やイラストでの表現が難しい人でも、AIを活用することで表現できる可能性があること、そしてそれが「誰ひとり取り残されない」ことにつながる可能性があると考えたためです。

今回も、さまざまな若者の率直な声が届きました。家族、学校、地域、災害、障害、偏見など、身近な出来事から出発しながら、社会構造や制度、沈黙の中で見えにくくなる人々へと視線を伸ばし、「なぜそうなるのか」「どうすれば声が届くのか」という問いを投げかけています。

表現面でも、文章・イラスト・AIそれぞれがその特徴を活かし、感情と論理の両方を伝える作品となっています。

ぜひ、これらの作品を通じて、若者たちの率直な視点や問いに触れていただければと思います。そこに込められた声が、「誰ひとり取り残さない社会」とは何かを、私たち自身に問いかけるものとなることを願っています。


参考:募集要項はこちら:

https://nogezaka-glocal.com/sdg6/

コンテストの特徴:
・SDGsの基本理念「誰ひとり取り残さない」視点での若者(26歳以下)の声
・小学生から高校生、大学生を中心とした実行委員会により運営
・入賞作品のみならず全作品を公開して広く社会に発信する
・LGBTQ+、障害、病気、家族との関係などと自分がどう向き合うか真剣に考えている作品が多い
・ルールを明確化しAIを一部利用化し、文章などで発信するのが苦手な人に配慮
・小論文部門、イラスト部門に加え今回は無制限な使用を許可するAI部門を追加

 

<受賞者>  

大賞 

大賞 <小論文部門> 作品は下部に掲載
・岩崎幸太郎 岩手県立大船渡高等学校 2年
    復興の「その後」で、静かに取り残された人たち

・匿名 高校卒業(ミャンマー)/日本の大学に進学予定
    取り残された弟の静かな願い

大賞 <イラスト部門>
・船木万帆 秋田県立新屋高等学校 3年
    気づき。あなたが背負うもの。

特別賞 作品は下部に掲載

エイビス特別賞 <小論文部門>
・吉田光 西大和学園高校 1年
孤立する恐怖よりも背負う責任

フランスベッド特別賞 <小論文部門>
・一倉舞 順天堂大学医学部 3年
     「理解したつもり」を超えて

エーザイ特別賞 <小論文部門>
・但馬芽吹 白百合女子大学 人間総合学部 1年
     闘病とわたし ー傷みにより抱けた夢ー

奈良東病院特別賞 <小論文部門>
・岡彩矢音 三重大教育学部附属小学校2年
     「どうして、ちゃんとできないのかな」

AZ=Bande特別賞 <小論文部門>
・アミヌ美杏果 文京学院大学附属女子高等学校2年
     13歳の召使い

入賞 <AI部門:イラスト>

・齊藤悠斗 上智大学 3年
    あなたの隣にある、静かな孤島

入賞 <イラスト部門>

・JainSajal  AGRA COLLEGE(インド) 2年
    INVEST IN PLANET (COVERS CONSERVATION OF ENVIRONMENT ASPECT OF SDG) 

入賞 <小論文部門>(作品は追って公開)

・匿名  University of Yangon 3年
    無力ではない未来へ
・王炳曦 OHDESIGN
    「やさしさ」の先にある平等
・匿名 会社員
    その「多様性」に我々は入っているか
・松永香蓮  フェリス女学院大学 3年
    沈黙のそばに立つということ
・匿名
    とある「ヤングケアラー」の現実ーー物語のあとさき
・辻本萌愛  大阪府立鳳高等学校3年
    「普通」に縛られる息苦しさを超えて
・藤崎詩央  中央大学附属横浜高等学校 2年
    見えない線は、気づかぬうちに
    ~インドネシア人だったら、だめですか?~
・匿名 トキワ松学園高等学校 3年
    トー横界隈
・匿名  静岡大学 3年
    合理的配慮で取り残されないために
・野上瑛太郎 法政大学経済学部 3年
    どっちでもない、という居場所

優秀作品賞 <AI部門:文章>

・浅沼和 神奈川県立光陵高校1年
    イラストレーターや小説家などはほんとに必要なのか?

優秀作品賞 <イラスト部門>

・高橋真緒 クラーク記念国際高等学校 横浜キャンパス 2年
    期待

 

・高頭いずみ 小学1年生
    たすけるくるま

・紺田朋花 琉球大学3年
    視線の葛藤

 

・上田小蒔 池田市立石橋中学校3年
    自分のこと

 

・藤原琴子 向陽台高等学校 2年
    一緒に

 

・藤田藍衣 白老町立白翔中学校2年
    瞳の奥に送ったメッセージ〜画面の向こう側の世界〜

 

・匿名 主婦
    みんなで拾うから幸せ。

 

・由田百花 横浜国際高校 1年
    自分だけ良いは無し!!

 

・鈴木詩奈 東浦町立北部中学校3年
     大人びていくみんな

 

・礒部結唯 奈良教育大学 2年
    この手は、あなたのために

優秀作品賞 <小論文部門>(作品は追って公開)

・CaytapJennee Katano 岐阜市立女子短期大学2年
    言葉の色彩とその力

・MondacaEdgar バイセンテニアル高校「アンタマプ」10年
    消さない

・WaiShin Hbone University of Information Technology4年
    伝えたいのに、届かない世界

・伊藤綾音 高校2年
    「人と違うこと」は自分の「武器」である

・一柳和樹 創価大学 1年
    僕は、休むことができた

・越坂文音 株式会社エスアイイー
    マラウイ生活を経験した今の私が考えること

・奥望帆子 富山大学附属中学校 1年
    心の「あと一歩」を越えるために

・奥灘萌 明治大学文学部 3年
    違いの向こう側へ

・岡田若子 立命館大学産業社会学部
    カンボジアの少女がくれた青い世界

・匿名
    実話と警鐘:5年後の2030年を展望して

・加藤留果 沖縄県立久米島高等学校 1年
    私たちは「被害者ごっこ」をやめられるか

・匿名 大阪大学外国語学部2年
    「取り残さない」と「乗り越える」

・丸山璃奈 中村高等学校1年
    普通じゃないって可哀想 “

・金岡新  立命館大学 2年
    失敗を「切り捨ての理由」にしない社会へ

・原田鵬有希 新渡戸文化高等学校
    その「山」は、ただの山ではなかった。

・工藤 若奈 中村高等学校1年
    みんなは1人のために

・弘田 莉子 中村高等学校1年
    人の手に助けられた命

・高江洲星也 就労移行 Work Style Koza
    自分の記憶と、「誰一人取り残さない」ということ

・坂東愛悠美 湘南白百合学園高等学校3年
    ノンフィクションの私の僕

・匿名 SOCIALSQUARE上荒川
    ぼくの就活『該当者なし』から

・山口茜 厚木中央高等学校 1年
    人を花を見るように見ることで

・山本貴仁 東京外国語大学 3年
    SDGsの表裏-ガーナの金の違法採掘の現場から-

・若山優希 大阪大学2年
    「私」も、その一人

・匿名 関西創価高等学校 3年
    せめて木綿豆腐メンタルを目指したくて

・匿名 麗澤高等学校2年
    「おしゃれ事件」を克服して

・小島 那菜 中村高等学校1年
    孤独の真ん中で見つけた光

・新井翔大 株式会社プランテック(Plantec, Inc.)
    ユーモアのマント

・新田和奏 福島県立磐城高等学校2年
    その交流は、誰のためのものだったのか

・匿名 筑波大学修士 2年
    きょうだい児という存在

・匿名 京都芸術大学通信教育部2年
    通信制という学びのかたち

・青木琴美 千代田高等学校 2年
    孤独がない世界を

・石本るみ
    「なんで?」は学びの始まり
    〜吃音から広げる、彩り豊かな社会への種まき〜

・前沢有咲 創価大学 3年
    「取り残さない」って誰が決めたの?

・前濱快斗 大宮国際中等教育学校 5年
    「能登半島地震」から考える孤立

・大川祐葵 中京大学 1年 僕
    の新しい色

・塚田啓子 創価高校 1年
    自分で自分を取り残そうとした私が、勇者になるまで

・藤縄星花 別府大学国際言語・文化学科3年
    当たり前ができない先生だって

・八巻天希 福島県立福島西高等学校1年
    言葉のない“言葉”

・蛭田愛海 千葉大学 3年
    貧困家庭の足枷と研究の現実

・匿名 早稲田大学 2年
    中途半端に「恵まれている」人が支援に繋がるために

・片岸知音 市立札幌清田高等学校 2年
    『今の空の色を教えて』

・李秀蓮 千葉大学1年
    「初心者マークの男の子」

・鈴木彩莉 名古屋大学大学院 博士後期課程1年
    「不登校」は人生の終わりじゃない

・齋藤奏 愛知県立春日井南高校2年
    透明な檻の中で、今日も私は呼吸をする

・髙橋陽和 東京学芸大学附属高校1年
    難病の子どもたちが未来を抱ける社会にするために

奨励作品賞<AI部門:画像>

・丸山礼人 日本大学 3年
ここは、誰の公園ですか。-排除がうむ「安心」の風景-


・若山優希 大阪大学2年
交わり合ったほうが、味わい深い。

 

・斉藤望 SCSK株式会社
「助けたい」と打つ勇気

奨励作品賞<AI部門:動画>

・新田和奏 福島県立磐城高等学校 2年
    AIと共に

 

 
・峯岸泰希 成城学園高等学校 1年
My view

 

奨励作品賞<イラスト部門>

・吉本柚花 相模女子大学 2年生
    私たちが目指す場所

 

・金子ゆま パート
    私の世界

 

・森岡匠 並木学園福山高等学校 2年
    だったら一緒に行こう。

 

・菅原剛 日本大学 2年
    言葉にいれものがない心でうける

 

・前田凜香 浦添工業高校 2年 (休学中)
    生まれつき

 

・野田怜弥 松下政経塾
    目を向けない方にも心はある

 

・匿名 クラーク記念国際高等学校横浜キャンパス 1年生
    階段

 
 

奨励作品賞<小論文部門>

・匿名 敬愛大学1年
    日本への留学生の幻想と実際

・Mo Mo KaMo Mo Ka 大学3年生
    外国へ行かないとダメなの?
・Myat Thiri Linn Hiroshima University IGS Program(2026年4月入学予定)
    違いを超え、誰も取り残されない優しさが咲く社会へ

・マートランド エラ チン 中村高等学校1年
    待ってるだけじゃあダメ

・匿名 高校 2年
    重機の届かぬ影の下に

・伊藤澄玲 大宮国際中等教育学校 5年
    Well-beingと献血

・井出真央 静岡県富士見高校3年
    誰1人取り残されない教育と学校とは

・園下小絢 中村高等学校1年
    誰ひとり取り残さない

・横山晴香 東北大学 2年
    当たり前の恋をした

・黄瀬 柚葉 中村高等学校1年
    自分の救いが、他者への第一歩

・岡菜都子 三重大教育学部附属小学校 6年
    「誰ひとり取り残さない」社会につながる学校生活

・岡田そら 土佐女子高校 2年
    正義が暴力になるとき

・荻原 美和 中村高等学校1年
    簡単に手を取れる社会を目指して。

・河合 美咲 中村高等学校1年
    誰1人取り残さない

・匿名 広島大学附属高等学校 1年
    SDGsを知っているつもりだった私へ

・柿木優衣 山口大学大学院修士課程1年
    女らしさとか、男らしさとかより、自分らしさを大切に

・角田朝美 日本航空高等学校 1年生
    不登校は終わりではない 1人にさせない社会を目指して

・丸岡 心春 中村高等学校1年
    当たり前じゃない当たり前を過ごすために

・丸橋ありあ テンプル大学ジャパンキャンパス 1年
    ただそこに人がいるだけ

・岩田 美結 広島大学附属高等学校 1年生
    選択の手、研究の手、コンポストを混ぜる手を繋げて

・岩本結 四條畷学園高等学校 2年
    忘れられない同級生

・吉池ほのか 長野医療衛生専門学校 言語聴覚士学科 4年
    足りない私と不完全な言葉

・宮下 華穂 中村高等学校1年 “
    誰もが安心できる社会へ “””

・沓間ゆり渚 不二聖心女子学院高等学校 高校1年
    ハンセン病から学んだこと

・原美咲 福岡県立輝翔館中等教育学校 高校2年
    知らぬまま今に立つ

・原田香織 鹿沼商工高等学校 2年
    大丈夫?

・後藤 真菜 中村高等学校1年
    誰1人取り残されないための周囲の理解

・高木ほのか 愛知教育大学附属高等学校2年
    「子どもの命を守る社会の醸成を目指して」

・佐藤綾 青山学院大学 3年
    おにぎりを残さず食べ続けたら

・佐藤大輝 株式会社プランテック
    声にならなかった思いを、なかったことにしない

・坂東 栞菜 中村高等学校1年
    誰ひとり取り残さないってなんだろう

・阪部 心優 中村高等学校1年
    自分のペースで。

・三上直太郎 松江工業高等専門学校 2年
    「もっちもっちぷー」でいいじゃないか

・山下真澄 メリーランド大学グローバルキャンパスアジア(ブリッジプログラム)
    「恋って何」から考えた私の理想の未来

・山崎 麻夏 中村高等学校1年
    見えないもの

・山瀬心遥 立命館守山高等学校3年
    問いから始まる「誰ひとり取り残さない社会」

・山地真帆里 大田区立石川台中学校 2年
     「Iくんと私」

・山本皓大 近江兄弟社高等学校3年
    野球という名の絆、ダイヤモンドという僕らの居場所

・山本 愛佳 中村高等学校 1年
    無意識の偏見に気づくということ

・手島愉来 東林館高等学校 2年
    誰ひとり取り残さないためにコップを分ける

・宗形 真桜 中村高等学校1年
    その人について知る “

・小笠原快 麻布中学校 2年
    当コンテストの賞金、あるいは後援主催審査員の皆々様について

・小山紘輝 龍谷大学 1年
    声を上げられない場所で
   
・小西ひより フリーター
    包摂という名の排除―日本型インクルーシブ教育の逆説

・小川生輝 岡山大学 3年
    沈黙という名の凶器 —— 『空気を読む』社会で窒息する人々

・沼田唯花 郁文館グローバル高校 3年
    みえない障がい みえない障壁

・森美唯菜 立命館大学 3年
    体重計では測れない私の価値

・森朔太郎 暁中等高等学校 2年
    ここにも、私がいる

・秦幸生 九州大学共創学部 3年
    英語が「壁」になった日 -やさしい日本語の可能性

・仁豊野彩花 国際基督教大学 1年
   安心できる食事を

・清水安治 郁文館グローバル高校 3年
    辛いなら助けを求めてみてほしい

・川口奈々 長崎県立長崎北陽台高等学校3年
    心の病気も乗り越えられる社会へ

・川端玲奈 福井県立大学 2年
    当たり前を疑うことは誰かの居場所になる

・浅見朱華 明治大学 1年
    世間からの植え付けられたイメージ

・染谷優芽 神田外語大学 2年
    「私の言葉」の大切さ

・倉本夏帆 大手前大学 3年
    声にならない声

・多田有沙 神戸大学文学部 3年
   教室の中、ひとりで前に立つ仕事

・大江美香 兵庫県立芦屋国際中等教育学校
    置いてけぼりリーダー

・大島裕翔 羽田国際高等学校 2年
    Oのような人間の「強さ」が評価される社会を作りたい

・瀧本沙羅 熊本高等専門学校 4年
    私が私でいられる服

・竹内詩織 N高等学校2年
    違いは欠けではない。彩りである。

・中嶋 乃菜 中村高等学校1年
    違いを分けない社会を目指して

・中野萌黄 近江兄弟社高等学校 3年
    つながるほど、孤立していく—誰かの孤独に気づく力を

・塚田愛子 大学1年
    私たちが創造する社会

・的場 由奈 中村高等学校1年
    意地悪

・田中広美 関西創価高等学校 3年
    「愛される」を諦めない社会へ

・田中 蘭 中村高等学校1年
   ネイティブアメリカン保留地に住む人々・匿名 学習院女子高等科2年
    全ての若者が生きやすい社会を形成するために

・藤田れいら 広島市立五日市観音中学校 1年
    BREAK THE NORMAL-儚きとも不滅の抗い-

・藤本結衣 埼玉県立豊岡高等学校2年
    あの日、マニラに降り立ってから

・日垣朋果 中央大学附属横浜高等学校2年
    レッテルを剥がす支援の再構築

・日吉 彩乃 中村高等学校1年
    見えない「取り残し」は、努力する側にもある

・白鳥 來愛 中村高等学校1年
    不確かな未来

・尾﨑友哉 京都市立堀川高等学校 2年
    皆を繋ぐ架け橋に

・尾﨑礼菜 英数学館高等学校2年
   「自立の循環」で誰ひとり取り残さない社会へ

・布施 彩名 中村高等学校1年
    『取り残される不安』

・武田 凛々華 中村高等学校1年
    恋愛に「正解」を求めない社会へ

・平山瑚々奈 学校法人船橋学園 東葉高等学校 1年
   「だったらいいや」で消えた声

・保田雄亮 中央大学1年
    子どもたちの笑顔で描かれる未来地図

・峯岸泰希 成城学園高等学校 1年
    「まだ帰れないの?」から始まった労働の話

・堀井爽夏 郁文館グローバル高等学校 3年
    全ての若者を社会の主人公にー地元・足立区を変えるー

・名渕悠翔 国際基督教大学高等学校 2年
    困ったときはお互い様

・木本 美桜 中村高等学校1年
    取り残されている気がしても

・野中郁未 東京都立工芸高等学校 デザイン科 2年
    「生きる」ということ。

・野町まりな 千代田高等学校 1年生
    『誰一人取り残さない』という言葉の外側に立っていた私

・柳 杏菜 中村高等学校1年
    不登校のレッテル

・有村日和 鹿児島県立国分高等学校 2年
    普通なんて存在しない。

・鈴木 琉加 中村高等学校1年
    冷たくなったお味噌汁

・圖師 花音 中村高等学校1年
    お金の格差

・當銘宥 北山高校2年 立ち止まる時間は、
    遅れではない

・髙松夏帆 東京学芸大学附属国際中等教育学校 高校1年
    死に鈍感な社会から抜け出すには

・髙津原 凛 中村高等学校1年
    「取り残される」という痛みを、私は忘れない

・髙野紗月 S高等学校3年
    私が見た景色―教育の現実と理想

実施の背景:

「誰ひとり取り残さない」はSDGsの基本理念であり、誰かを犠牲にしたり、取り残したうえでのSDGs達成はありえません。SDGsの宣言文でも「最も貧しく最も脆弱な人々の必要に特別の焦点をあて」「最も遅れているところに第一に」「最も貧しく最も脆弱なところから」などと繰り返し強調されています。

しかし、言葉として、あるいは総論としては理解していても、「誰ひとり取り残さない」を実際に意識して、SDGs活動を行っている人は案外多くはないかもしれません。

今目の前のできることから行うべきであり、「誰ひとり取り残さない」をあまり意識することは「非現実的」という声を聞くこともあります。

本コンテストは、今一度基本に立ち返り、SDGsの基本理念「誰ひとり取り残さない」視点をすべてのSDGs活動や社会活動に反映すべきとの観点から、若者の自由な発想や提案、計画についての小論文や作文を求め、またその声を広く社会に発信することを目的として実施するものです。

コロナ禍の2020年に第一回が開催され今回は第6回になります。
若者中心の実行委員会により運営されています。

 
 

コンテスト概要

募集内容:

【イラスト部門】
SDGsの基本理念である「誰ひとり取り残さない」について、自由な発想で、A4サイズ1枚に写真、イラスト、絵、グラフィクなど自由な表現で提出ください。

【作文・小論文部門】
SDGsの基本理念である「誰ひとり取り残さない」の視点で、「自分が経験した、あるいは直接読んだ、見聞きした具体的事項」を記述のうえで、考えること、自分が行いたいこと、社会への提言など自由な発想で、作文・小論文を日本語で作成のうえご提出ください。
(具体的事項について問い合わせを行うことがあります。また表彰後も具体的事項が事実に反するであることが判明した場合は、入賞を取り消すことがあります)
 
【AI部門】
「誰ひとり取り残さない」というテーマについて、AIを主たるツールとして用いた作品(イラスト、動画、アニメーション、文章など)を作成のうえでご提出ください。
形式は問いませんがWindowパソコンや一般的なスマホで特別なアプリを使わずに表示/再生できる形式でお願いします。文章や音声がはいる場合は基本的には日本語で作成ください。

審査基準:

社会への訴求力や審査員の共感を引き出す作品を高く評価します。作文・小論文部門では、日本語としての表現や小論文の構成は重視しませんので、文章を書くのが苦手な方や、日本語が得意でない方もぜひご応募ください。 

また、イラスト部門でも、芸術的な要素よりも審査員に訴える力を重視します。

AI部門では、技術的完成度よりも「AIをどのように使って社会課題に向き合ったか」「AIと人との協働の創造性」が重視されます。

【参考:「誰一人取り残さない」とは】

SDGsの基本理念は「誰ひとり取り残さない」です。
では、何から取り残さないのでしょうか? 

一つは、誰もが社会活動や経済活動に参加する権利を持ち、それから排除されないことです。社会活動や経済活動には、「学校で学ぶ」「十分な食事をとる」といった基本的なものだけでなく、「スポーツをする」「遊ぶ」といった人間として必要な活動も含まれます。

人によって必要とするものは異なりますが、そのような活動から取り残されている人々が多く存在します。

たとえば、障害者、LGBTQ+コミュニティ、貧困層、外国人などがその代表的な例です。しかし、取り残されているのは、これらのわかりやすい事例だけではありません。

身近なところにも、社会の不公平や矛盾、生きずらさを感じることがあると思います。

そのような小さなことにこそ、物事の本質があるのかもしれません。

野毛坂グローカルの活動の基本方針は、「最も取り残されがちな人」に着目することです。

「誰ひとり取り残さない」を「単なるスローガン」「理想論」と諦めるのではなく、一歩ずつ前に進みたいと思います。

一緒に「誰ひとり取り残さない」社会を考えませんか?

応募資格:応募時点で26歳以下の方

締切:2026年1月1日23:59

著作権: 応募者に属します。
ただし、ウェブサイト、冊子、書籍などに無償での掲載に同意いただきます。

表彰

【全部門共通】
大賞(3万円)       3作品
特別賞(2万円)   5作品
入賞(1万円)   10作品
優秀作品賞(3000円)  40作品
奨励作品賞(1000円)100作品
※副賞はAMAZON券でお支払いします

主催:野毛坂グローカル

後援:
 国際協力機構(JICA)

協賛:
 株式会社エイビス
 エーザイ株式会社
 奈良東病院グループ
 フランスベッド株式会社

特別協力:
 非営利型一般社団法人 AZ=Bande

審査員:
野津 隆志

 兵庫県立大学名誉教授/野毛坂グローカル監事
秋山愛子
ソーシャルでゆるいカタリバ「スナックあいこ」ママ/元国連職員
荒木田 百合
 元横浜市副市長
迫田 朋子
 ジャーナリスト/元NHK解説委員
杉浦 裕樹
 横浜コミュニティデザイン・ラボ代表理事
鈴木 奈穂子
 こども食堂「ハレの日ケの日」代表
中西 由起子
 Asian Disability Institute(ADI)代表
藤谷 健
 国際基督教大学(ICU)客員教授/元朝日新聞記者
和田 恵
 SDGs-SWY共同代表

 

 

運営:
 SDGs「誰ひとり取り残さない」小論文・イラスト コンテスト2025実行委員会

共同実行委員長
小野日向汰 慶應義塾大学2年
下平心那 国際教養大学2年
石丸友那 筑波大学修士課程1年 

事務局長:
宮内正枝  創価大学2年

実行委員:
鈴木葵依  日本赤十字看護大学さいたま看護学部2年
中條友夏子 第一学院高等学校 3年
玉岡穂ノ佳 甲南大学2年
堀絢人   東洋大附属牛久高校
笛杏杏   トライ式高等学院新潟キャンパス1年
磯田美季  多摩高等学校1学年
Yoon Phyu Aung 岡山大学1年
守屋颯     東京農業大学2年
加藤里桜  lear Lake High School 高校3年生
小島嵩史  東海大学3年
岡田佳憐  上智大学2年
小川安童禮 さいたま市立大宮国際中等教育学校 高校3年
松本悠生  神戸市看護大学2年生
関口桃子  創志学園高等学校ベネッセ高等学院1年
小林奈々美 大学進学予定
石塚雫   国際基督教大学1年
座間耀永  慶應義塾大学環境情報学部1年
豊島大史  東京学芸大学修士課程1年
岩城亜優  法政大学国際高等学校3年
川田千楓  大学進学予定
三本眞子  東京学芸大学附属国際中等教育学校高校2年
服部翠   広島県立広島叡智学園中学校3年
安積柊      横浜国際高校1年
高須結子  聖心女子学院高等科 1年
遠藤優介  奈良先端科学技術大学院博士課程
梅木千夏  東京未来大学こども心理学部4年
金澤伶   東京大学4年
武井啓子  野毛坂グローカル 理事
神谷優大  野毛坂グローカル 理事

大賞作品

大賞 <小論文部門>
・岩崎幸太郎 岩手県立大船渡高等学校 2年
復興の「その後」で、静かに取り残された人たち
「復興したね」。岩手県陸前高田市に住む私は、この言葉を聞くたびに胸の奥が小さくざわつく。東日本大震災で被災した町は、年月とともに景色を変えた。高い場所へ移転した住宅、整った道路、建て替わった商店。外から来た人が「もう大丈夫」と感じるのも分かる。けれど、復興が進んだという評価と、そこに暮らす人の実感はいつも一致しない。私はそのずれの中に、「誰ひとり取り残さない」というSDGsの言葉が最も試される場面があると思うようになった。
 震災直後、私たちは確かに「支援の対象」だった。物資やボランティアが届き、見慣れない人が町を歩いていた。テレビに町の名前が映るたび、「見られている場所なのだ」と感じていた。しかし、時間が経つにつれて支援には期限がつき、制度は終わり、ニュースは別の話題へ移っていく。町が整っていくほど「被災地」というラベルは外れ、同時に「まだ困っている」と言いにくくなる空気が濃くなる。復興の進捗を示す数字は増えていくのに、取り残される人は見えにくくなる。私が強く感じたのは、まさにこの「復興の先」で起きる静かな置き去りだ。
 復興が進むと、弱音は「遅れ」に見えてしまう。周囲の善意の「頑張ってるね」「もう落ち着いた?」は、言葉通り励ましである一方、受け取る側には「ここで立ち止まるな」という圧にもなる。震災の話題を避けるようになった人、思い出を語る場を失った人、心の痛みを抱えたまま日常の役割に戻った人がいた。被災という経験は、建物が建て直されても簡単には終わらない。それでも、語られなくなることで、痛みは個人の中へ押し込められていく。私は、復興とは本来「生活と尊厳を取り戻すこと」なのに、いつの間にか「外から見て整っていること」にすり替わってはいないかと疑った。
 高校二年生になった私は、昨年TOMODACHI Toshizo Watanabe Leadership Programに参加し、米国ロサンゼルスで十一日間学んだ。地元の高校や大学、博物館、研究所、そしてオレンジ郡のフードバンクなどを訪れ、議論や体験を重ねた。そこで印象に残ったのは、支援が「特別な出来事」ではなく、必要な人が必要なときにアクセスできるよう設計された「仕組み」になっていることだった。フードバンクは、助けを受ける側を恥や弱さで縛らない。支援が継続することで、人は声を失わずに済む。私はその場で、支援とは物を渡して終わる行為ではなく、関係を切らずに声を拾い続ける姿勢なのだと気づいた。
 帰国後、陸前高田の景色を見たとき、私は別の角度から町を見ていた。震災直後、私たちは「助けられる人」ではあっても、「語る人」ではなかったのではないか。子どもだった私は、どんな不安を抱えているか、何が一番怖いかを言葉にする機会も少なかった。復興が進んだ今も、痛みを語り続ける人ほど「いつまで言っているのか」と見られる怖さがある。ここに、取り残されの根がある。支援が終わること以上に、語る場が消えることが人を孤立させるのだ。
 だから私は、「誰ひとり取り残さない」を、完成した目標ではなく、終わらない問いとして扱いたい。被災地では、時間が最大の加害者になり得る。社会の関心が薄れた瞬間に、支援から外れ、声を上げる機会も失う人が出る。取り残される人は、たいてい目立つ場所にはいない。声を出せないからこそ取り残される。この矛盾を前に、私たちができるのは、見えなくなったものを見ようとする意志を手放さないことだ。
 具体的に私は二つ行いたい。第一に、復興の「その後」を語る場を学校や地域につくる。震災を知らない世代が増える今、出来事を年表に閉じ込めず、心の揺れや日常の変化として共有する時間が必要だ。聞く側が評価や結論を急がず、ただ受け止める場があれば、語る人は孤立しにくい。第二に、支援や制度を「期限のある特別扱い」にしない視点を広げる。困難は一律の時期で終わらない。必要に応じてアクセスできる仕組みを、地域の備えとして当たり前にする。そのために私は、海外で見た支援のあり方を学び続け、地域の活動や提案につなげたい。
 復興を測る指標に、心の回復や孤立の度合いは入りにくい。だからこそ、数字で語られない部分を言葉で残すことが、私たち市民の役割になる。誰かが沈黙しているとき、その沈黙を「問題がない証拠」にしない態度を、私は身につけたい。
 「復興したね」という言葉に、私はいつか素直にうなずけるようになりたい。そのためには、街の見た目だけでなく、見えなくなった人の声が戻ることが条件だ。復興の先でこぼれ落ちるものに目を向け続ける社会こそが、SDGsの約束を現実にする。私は被災地で育った一人として、そして学ぶ機会を得た一人として、見えない取り残されを見える言葉に変え、問いをつなぎ続けたい。


・匿名 高校卒業(ミャンマー)/日本の大学に進学予定
取り残された弟の静かな願い
2021年、ミャンマーで軍事クーデターが起きた。あの日、私の弟は十三歳、中学一年生だった。私は高校を卒業したばかりで、家族は普通の暮らしを続けていた。しかし、両親は公務員として働きながらも軍に従うことを拒み、市民不服従運動(CDM)に参加したことで職を失った。私たちの生活は一瞬で崩れ、家族は村で農業をして生きていくしかなかった。
両親と弟は朝から夜まで畑で働き、私は家で料理を作り、昼前になると家族のために食事を届けに畑へ向かった。私はその台所で、日本語の参考書を開いて勉強を続けていた。
火の近くで汗を流しながら身につけた単語や文法は、今の私の歩む道の出発点となった。しかし、私が日本に向かう道を歩き始めたその時、弟は学ぶチャンスすら奪われていた。
やがて村の近くでも内戦が激しくなり、地域防衛団は若者たちに兵士になるよう圧力をかけ始めた。まだ十代だった弟には、とても耐えられない状況だった。学校どころか、家にいることさえ危険になり、弟は村を離れてマンダレーの大きなホテルで警備員として働くことになった。まだ子どもであるはずの弟は、早く大人の世界に入らざるを得なかった。
弟は軍が支配する学校に通うことを拒んでいた。「行きたくない」としか言わなかったが、彼の本当の気持ちは誰よりも深いところに隠されていた。ある日、弟が使っている英語の授業用ノートを見つけた。彼は夜になるとオンラインで英語を学び、静かに課題をノートに書き続けていた。ページをめくると、そこに弟の心の叫びがあった。
“My goal is to pursue further studies and seek opportunities in Japan. Although I haven’t completed my high school education, I am committed to working hard and saving my salaries to earn my GED exam fee. I am motivated to build a new life abroad. Of course, my sister will support this journey.”
その英文を読んだ瞬間、言葉で表せない苦しみを感じた。普段は自分の気持ちを全然言わないほどの弟が、こんな想いを抱えながら必死に生きていたことを私は知らなかった。静かだからこそ、深く傷ついていたのだと気づいた。戦争や政治の混乱の中で、声の小さい人ほど先に取り残されていく。その事実を、私は弟の姿を通して痛感した。
SDGsの「誰ひとり取り残さない」という言葉は、遠い国の理想ではない。私にとって、それは家族の痛みであり、未来を奪われた弟のための願いだ。教育は誰にとっても平等であるべきなので国が混乱しているから諦めろと言われるものではない。戦争が起きたから夢を捨てろと言われるものでもない。
弟は今日も静かに働きながら、自分の未来を少しずつ取り戻そうとしている。夜にオンライン英語授業を受け、給料を貯め、いつか GED を取って日本に行きたいと信じている。その姿は、取り残された子どもではなく、取り残された場所から必死に前へ進もうとしている一人の若者の強さだ。
私は、日本で学ぶ機会を得た者として、弟の夢を支えながら、同じように自分の気持ちを言えずに生きている子どもたちの代わりに、声を上げたい。
静かに生きる人の声ほど、社会が耳を澄ませるべきだと私は思う。
弟のように、「取り残された」と感じる子がもうこれ以上増えてほしくない。どんな国に生まれても、どんな状況にあっても、すべての子どもが教育を受け、夢を語り、未来を選べる社会であってほしい。私はその願いを胸に、これからも学び続け、誰かの道を照らせる存在になりたい。

特別賞 

エイビス特別賞 <小論文部門>
・吉田光 西大和学園高校 1年
孤立する恐怖よりも背負う責任
「君は、自分の後ろに国民がいるのだと、本気で考えて今回の会議に出れていたのか?」
顧問の言葉に、私は自分が恥ずかしくなった。
 12月21日のこと。私は部活の交流戦に参加していた。
 模擬国連部。国連を模擬して、外交官になりきって会議をシュミレーションし、国際問題について本気で考えるための教育活動をする。それが私の部活だ。
 その日の議題は「インターネットやAIを代表するサイバー空間の運用方法について」で、私の担当国はアフガニスタン。事前の準備期間で1週間のリサーチをした後、当日8時間かけて条文案を作る。入部してから8か月。もう慣れた流れだった。
 ところで、アフガニスタンは脆弱な国で、いわゆる発展途上国に分類される。それはサイバー面においても同様だ。だから、少しの攻撃や国の乱れが国家の崩壊につながりかねない。よって、国の主権による統治を主張する必要があった。
 しかし、他の国は違う。安全確保のための規制を表現の自由の規制だと捉える立場である彼らは、私たちの条文を通すわけにはいかない。
 結局当日は、私たちアフガニスタン大使の提示した条文が表現の自由の規制にあたり、他の国にとって受け入れ難いものだとして吊るし上げにあった。
 1対1の議論は得意でも、大勢の前で、そのうえ周りと異なる意見を話すのは、私にとってとても恐ろしいことだった。
「この条文は、あなたの国以外みんな必要なく、あっては困るものだと言っています」
そう他の大使に主張された。周りには、他に8人ほどの大使が。みんな私を責めるように見つめていた。
「抜かなければ、全体の合意が取れません」
続けて、まくし立てられた。
 アフガニスタンにとって、その条文は国の存続のために必要不可欠な内容だった。サイバー空間がもしも攻撃されたら、行政が止まり、行政が止まれば脆弱なこの国は崩壊してしまうから。
 しかし、私は言ってしまった。
「……分かりました、それで大丈夫です。その条文はなしにして」
会議終了後、顧問の先生が全体にスピーチをした。そのときに言ったのが、最初の言葉だ。
 ……あのとき、私は何をした? 周りにまくし立てられたのが怖くなって、逃げてしまった。それがアフガニスタンにとって受け入れてはダメなことだと分かっていたのに。
 困るのは会議室の私じゃない。医療の連絡、支援の調整、暮らしの手続き——それが止まれば、生活が崩れて最初に困るのは国民だ。そんなことにもちゃんと気づけていなかった。
 そう。私は模擬国連というものを、議論のゲームとして軽く捉えてしまっていたのだ。
 無意識だったけれど、大使として失格なことをしていたのに気づいてみじめで恥ずかしくて仕方なかった。
 全体に話していた顧問の目が、私をじっと見つめていた気がした。
 そうして落ち込んで、下を向いていたときだった。
「もう一つ、言っておきたいことがある」
顧問は最後のあいさつの前に、こう言った。
「この模擬国連という活動は、誰かの不幸があるからできるものだ。もしも、誰もが幸せな世界なら国連なんてとっくになくなってるさ。それを覚えておきなさい」
はっとした。いわゆる「先進国」である日本にいる自分だからこそできている活動なのだと、他の国で苦しんでいる人がいるから議題が生まれるのだと、どうして今まで気づかなかったのだろうか。
 私たちがしている模擬国連は、「取り残されている人」がいるからできるという皮肉さを知った今、私は決めたことがある。
 次の会議からは、自分はただの一高校生ではなく、自国の国民を背負って、みなの幸せを実現するために議論する大使なのだと自覚して参加しよう。
 ただ、自分の学びの場や議論の練習の場だなんてばかなことを二度とはもう考えない。
 そうすれば、きっと少しは自分を、そして世界を変えられる。一人の助け合いの気持ちが、百人、いや、千人――さらにもっと集まれば、どんなに大きな力になるだろうか。私はそのひとりになりたい。
 だから、他の人の不幸から学ばせてもらうことを、二度と無駄にはしない。
 周りから責め立てられて、会議から孤立する恐怖を消せるわけではない。しかし、多数派に呑まれることが果たして本当に正しいだろうか? いや、違う。大切なのは、合意を無理やり作って会議を終わらせる流れに乗ることじゃない。孤立する恐怖から逃れるために同調することじゃない。
 取り残されたすべての人の幸せを実現するために、どうすればそれを実現できるのかを考えて未来に生かすために、私はこの部活をするのだ。次の会議からは何があっても、世界と自国のために妥協せずに真摯に取り組もうと、心に誓った。

フランスベッド特別賞 <小論文部門>
・一倉舞 順天堂大学医学部 3年
     「理解したつもり」を超えて
百聞は一見にしかず。多くの人が小さい頃から目にしてきたことわざだろうか。文字の通り、何かを学ぶには何度も調べるよりも、自分で一度経験する方が勝るという意味である。私は大学生になって、この言葉の意味を実感する機会が増えた。その経験を忘れぬよう、ここに文章として残しておきたい。
今年の秋、私は聴覚障がいを持つアスリートが出場するデフリンピックに、ボランティアとして参加する機会をいただいた。それまで恥ずかしながら、パラリンピックの存在しか知らず、手話に少し興味があった程度の軽い気持ちで応募した。英語でコミュニケーションが取れるし、外国からの観客の案内など、自分が役に立てるだろうとどこか驕っていた部分もあったと言わざるを得ない。
しかし当日会場に赴くと、観客のほとんどは外国の方を含め、耳が聞こえない、あるいは聞こえにくい方々であった。その頃はインフルエンザの流行り始めで、私はマスクを着用して会場にいた。観客の方々は、自分が見たい試合の場所から近い席はどこか、座れる場所はどこか、と多くの質問をしてきた。私は手話がほとんどできなかったため、身振り手振りや大きな声で伝えようと努力したが、内容を正確に伝えることは難しく、手話もできないのに応募したことを少し後悔していた。
しばらくしてから、はっとした。周りを見ると誰もマスクを着けておらず、ろうの方々は唇の動きからも内容を読み取っていることに気がついたのである。よく考えてみれば、本などでそういった知識を得たことはあった。それにもかかわらず、私はそれを実際の行動に結びつけられていなかった。この経験を通して、自分がろうの方々のことを理解できていたとは言えないことを、身をもって実感した。もちろん、当事者でもない私が障がいのある方のことを本当の意味で理解することはできない。それでも、どうすれば彼らに少しでも寄り添えるのか、その一端を学ぶことはできたと感じている。
誰ひとり取り残さない社会を実現するためには、理解したつもりになることをやめることが第一歩だと私は考える。今回のボランティア経験を通して、自分は相手の立場に立って物事を見ることができていなかったと痛感した。とはいえ、「相手の立場になって考えなさい」と言われても、当事者でなければそれが難しい場面もあるだろう。だからこそ私は、できるだけ多くの経験を重ねることの重要性を伝えたい。さまざまな立場や状況にある人と接し、自分の想像の幅を広げるのである。取り残されそうな人を見かけたときには、一歩立ち止まり、「相手はどう感じているのか」を改めて考えてみたい。
医学部に通う私は、将来医師として医療現場で働くことになる。医療現場では、患者さんとの対話によって診断の多くが可能になると言われるほど、コミュニケーションが重要である。聴覚に障がいのある方にとって、マスク越しの会話が大きな障壁になることもある。今回の経験がなければ、患者さんやその家族への説明の場面で、誰かを無意識のうちに置き去りにしてしまっていたかもしれない。そう考えると、この経験は医師を目指す私にとって非常に大きな学びであった。
百聞は一見にしかずということわざの通り、現場に身を置き、自ら経験して初めて見えてくる課題がある。知識を持って理解したつもりになるのではなく、その場で立ち止まり、相手の立場を想像し直すこと。それこそが、いずれ誰ひとり取り残すことのない社会を実現することにつながると、私は信じている。

エーザイ特別賞 <小論文部門>
・但馬芽吹 白百合女子大学 人間総合学部 1年
     闘病とわたし ー傷みにより抱けた夢ー
私は、病気と闘う子どもたちが、自分自身を誇りに思うことができる社会を実現したい。
 私自身、25週0日760g、具体的には500mlのペットボトル未満の身長で産まれた。そのため、全身の血液を入れ替える治療や、眼に強い光を当て続け失明を防ぐ治療、肺にチューブを入れ強制的に呼吸を促す治療を受けた。また、退院後も、自宅で酸素吸入を24時間続けていた。これらの治療は高い効果をもたらす半面、新たな病気や後遺症を産むきっかけになり得る。私自身、早産との因果関係は不明であるものの、脳や呼吸器、内耳に慢性疾患及び難治性疾患を抱え、複数の大学病院やクリニックに通院している。
 この境遇から、最初に記した社会の実現を目指すようになった。そのために、2023年には早産児サークルを立ち上げ、東京新聞に記事を2度掲載していただいた。また、早産児の成長過程における課題を題材に執筆した論文は、全国大会で金賞を受賞した。2025年8月には、病児を対象とした学習支援団体を立ち上げ、闘病と大学生活を両立させている講師14名と共に活動している。第一志望の大学への合格率の高さ、病気であっても成功体験を積めることが、生徒たち及びご家族から高い評価を得ている。そして11月には、早産児に関する活動がNHK首都圏ネットワークにて特集され、12月にはおはよう日本にて2度再放送された。また、朝日新聞社のウェブサイトには記事が4つ掲載され、Yahoo!ニュースにも2つの記事が掲載された。運営するサークルや個人のSNSには、月に100万回以上ものアクセスがある。
 私は大学入学後、入退院や救急搬送を繰り返しながらも、懸命に勉学に励んできた。直近の入院中に最も苦しかったことは、1度の手術で完治する病気の治療を終えて、元気に退院していく同世代の姿を見送る時だった。勿論その子が頑張ったことは事実だ。今後は入院することなく、元気に楽しく過ごしてほしいという思いもある。しかし、この出来事がきっかけで、根治しない自分の疾患や、強い痛みを伴う治療と向き合うことに疲弊してしまった。そんな私に対し、看護師さんは、慎重に言葉を選びながら「あなたの疾患は一生付き合っていくものなんだ」と伝えて下さった。存在しない希望を見せず、真剣に向き合ってくれたことへの感謝と共に、医療と縁が切れる未来が閉ざされた絶望感が混じり合い、夜の病棟で涙をこぼしたことを鮮明に覚えている。
 また、この小論文を執筆するにあたり、患者の声及びご家族の声を聞くアンケート調査を行った。患者の声としては、「病気は自分の弱さだと言われた」、「常に無理をして、健常者に合わせ続けないといけない」、「普通になりたい」、「病気が進行していくことが怖い」といった意見が聞かれた。また、ご家族の声としては、「病院は闘いの場でしかなかった」、「院内と院外の常識の狭間で苦しんだ」、「健康な人を見ることが辛かった」、「泣きながら医師の話を聞いた」という意見が非常に多かった。この結果を分析すると、両者に共通するのは、強い自責感や抑うつなど、心理的な問題を抱えることが多い点だと言える。一方で、「医療者への感謝」や「日常生活への感謝」を口にされる方の割合も高かった。
 私は将来、患児とご家族のレジリエンス=回復力を支えることができる心理職及び研究者になりたい。特に、周産期医療領域と小児医療領域にて、治療中・治療を乗り越えたお子さんの心理的支援を行うこと、闘病を支えるご家族の苦悩に寄り添うことが私の夢だ。
 最後に、私と同じ疾患と闘う方からのメッセージを紹介したいと思う。
「病気は私たちの一部に過ぎない。治せるものでも、無視できるものでもない。それはただ、私という人間の一部なの。」あなたを大事に想っている看護師より。

奈良東病院特別賞 <小論文部門>
・岡彩矢音 三重大教育学部附属小学校2年
     「どうして、ちゃんとできないのかな」
じゅぎょうちゅうに、さわいでしまう男の子がいます。
先生に、なんども「しずかにしようね」と言われています。
 わたしは、前は「どうして、ちゃんとできないのかな」と思っていました。
 でも、その男の子は、休み時間にとてもやさしくて、
こまっている子がいると、すぐに「だいじょうぶ?」と声をかけます。
 ある日、そのことに気づいて、「みんな、ちがうだけなんだな」と思いました。
 このことが、「だれひとり取り残さない」という言葉を考えるきっかけになりました。
 その男の子は、じっとすわっているのがにがてです。
でも、そうじの時間には、だまって一生けんめいはたらきます。
重いものも、「もつよ」と言って、はこんでくれます。
 わたしは、「できないところ」ばかり見ていたことに気づきました。
でも、その子には「できること」「やさしいところ」が、たくさんありました。
 学校には、いろいろな子がいます。しずかにべんきょうする子もいれば、
からだをうごかすのがすきな子もいます。
 「だれひとり取り残さない」というのは、みんなを同じにすることではないと思います。
その子のよさを見つけて、「ここにいていいんだよ」と思えることだと思います。
 これからわたしは、ちょっとちがう子を見たとき、
いやな目で見ないで、「この子のいいところはどこかな」
と考えたいです。
 やさしい気もちが、クラスにふえると、学校は、もっとたのしくなると思います。
 わたしは、だれもひとりにしない学校を、みんなといっしょにつくりたいです。
このことを、おうちでお母さんに話しました。
「じゅぎょうちゅうに、さわぐ男の子がいるんだけど、やさしいところもあるんだよ」と言うと、
お母さんは、にこにこしながらこう言いました。
「それに気づけたのは、とてもすてきなことだね」
 そして、お母さんは、「人はみんな、ちがうところがあるんだよ。できないことより、できることを見てあげると、やさしい気もちになれるよ」
と教えてくれました。
 その話を聞いて、わたしは、学校でも、もっとやさしい目で友だちを見てみよう
と思いました。
 つぎの日、さわいでしまう男の子が先生に注意されていました。
でも、わたしは、
そうじのときにがんばっていたことや、こまっている子に声をかけていたことを思い出しました。
 わたしは、心の中で、「この子も、だいじな友だちだ」と思いました。
 「だれひとり取り残さない」というのは、
えらい人だけが考えることではなく、わたしたちが、毎日学校でできることだと思います。
友だちのいいところに気づいて、やさしくすることが、だれひとり取り残さない学校への、だいじな一歩だと、わたしは思います。

AZ=Bande特別賞 <小論文部門>
・アミヌ美杏果 文京学院大学附属女子高等学校2年
13歳の召使い
このことを知ったのは私が家族と初めて父の母国ナイジェリアに行った時です。人生で初めて行くアフリカの国、私の想像だと広々と自然がたくさんで木が生い茂っているようなイメージでしたが、実際現地は都心の道路はアスファルトで整備されて、日本でよく見るような大型のショッピングセンターなどもあり、海沿いには人工島で出来たリゾート地まであってネットでの情報とのギャップに驚いたことを覚えています。そこから実家の方まで車で数時間かけて田舎の方にある実家まで行きました。初めて会った時私たちを見て皆少し物珍しそうでしたが、いとこ達は皆素直で興味津々にいろんなことを聞いてきてくれて私がわからない言葉は噛み砕いて私が理解できるように伝えてくれたりと心優しく私たちを迎えてくれました。
ですが何日かそこで生活していると一人だけ元気でエネルギッシュな、いとこ達と比べてやけに大人しく寡黙な女の子がいるなと思いどんな子か気になって彼女について父に聞いてみました。すると「彼女は両親が亡くなって学校に通えなくなっていたからと知り合いが連れてきて、うちで家事の手伝いをしてもらう代わりにうちに去年からいとこ達と一緒に学校に通わせて一緒に住んでいるんだ」それを聞いて衝撃を受けました。ニュースや記事になる子がこんなにもにも身近にいて、共に罪悪感が生まれました、あんなにも暖かく私に接してくれた親戚がこんなに小さな子供を家で働かせているなんてと勝手な思い込みで悪いことをしているのではと思っていました。ですがそれは全くの間違いでした。ナイジェリアは日本のように行政が整ってるわけではなく全員が全員に手を差し伸べられるわけではありませんし小さな子供が悪に染められる酷い事件も珍しいことではありません。改めて自分がどれだけ安全で生活について考え悩み苦しむことなく生きてこれたのかを思い知りました。どんな境遇でどんな判断でこの家に来ることになったのかをこんな小さな子から直接聞くことはこの子を苦しませるのではと思いできませんでした。
さらに父に聞いてみると彼女は少数民族のハウサ族出身で、出会った時はナイジェリアでは公用的に使われている英語を全く話せずハウサ語を話せる人を呼び翻訳しないと会話ができませんでした。いまだに完璧に話せるわけではないのでそれは彼女の人と会話することの足枷になっているのではないかと思います。
帰国する日お土産で持ってきたお菓子を内緒で彼女にあげるととても嬉しそうにしてました。その後もたまにビデオコールをするとニコニコと後ろから手を振ってくれます。考えるとこの人たちの助け合いのコミュニティの広さにも感銘を受けました。利益が出るわけでもクラウドファンディングをしてるわけでもないのに見知らぬ子に衣食住を分け与えてることに。
私はこのことをたくさんの人が知り、考えることが大切なのではないかと思います。あの子は家で取り残されているのではないかと感じます、いまだに周りが話していることが理解できず、自分の伝えたい事が相手に理解されないそんな状況を頑張って勉強して懸命に生きています。国連に出て議論をする、そういうのも大事かも知れませんが私が最も重要だと思うのはこの事実を知ることができる人が知り、感じて、それを知識として頭のどこかに入れておくだけで、誰かが新しいことを行動し始めたりした時に助けられるまた行動を起こす第一人者になりうることができるのだと、そう思います。

 

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