無事にスタディツアーを実施を終了しました!
次回は2026年2月ころを予定しています。
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野毛坂グローカルでは、2025年9月上旬にタイへのスタディツアーを行います。
政策レベルから地域の現場まで、幅広い視点で学ぶ——そんな体験ができるタイスタディツアー。国際機関、NGO、企業、自治体などを訪問し、社会課題に直面するリアルな現場に触れながら、国際協力やインクルーシブ社会のあり方について深く考えます。仲間と議論を重ね、自らの視野を広げる一週間は、人生観さえ変える濃密な学びの時間に。世界と自分の未来を真剣に考えたいあなたに、ぜひ体験してほしいツアーです。
特徴:
・政策レベルからコミュニティまで学びます
・政府機関、メディア、企業など、幅広い分野を学べます
・少人数でリアルな現地課題を学べます
・国際協力経験が深いスタッフが同行します
・比較的安価に参加いただけます
#なぜタイなのか?
タイは、途上国といわれる国の中でもとてもユニークな国です。バンコクの最先端の都市開発やイノベーション・ハイテク産業への取り組み、いわゆる「先進国」に近い側面を持ちながら、一方で農村部や地域によっては「途上国」と呼ばれるような課題も色濃く残っています。このため、一度の訪問で両方の現実を比較しながら体験できる貴重な機会を得ることができます。
また、タイは急速な経済成長を遂げた一方で、高齢化の進展、環境問題、経済格差といった「成熟社会が直面する課題」にも直面しています。これらは日本を含む多くの国が抱えるテーマでもあり、タイでの学びは、これからの世界をどう考えるかに直結します。
多様な現場を自分の目で見て、直接話を聞き、ディスカッションすることによって、机上だけでは得られない「生きた知識」を体験してもらいたいと考えています。
募集コース・日程:
今回は9月上旬に実施:
グループ1:一般の学生 9月1日から7日
グループ2:医療・保健・福祉分野の学生 9月1日から10日
(グループ1に加えて3日間)
ツアー日程:
8月31日(日)
現地集合 (チュラロンコン大学学生寮泊)
9月 1日(月)
バンコク パトムワン区ボンガイ地区街歩き
(仏教様式キリスト教会、インドネシア モスク、住民運営保健センター)
日本貿易振興機構(JETRO) バンコク事務所
時事通信社バンコク支局
夜:ワークショップ(参加学生&東洋大学学生)
9月 2日(火)
国連 アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP) 国際会議場
社会開発人間安全保障省 障害局
アジア太平洋障害者センター(APCD)
夜:Paint The World スタディ・ツアー参加者との意見交換会
https://studytourinthailand4.studio.site/
9月3日(水)
国連開発計画(UNDP)佐藤暁子 ビジネスと人権専門家/弁護士
国際労働機関(ILO)川崎彬 中小企業/起業振興担当官
国際協力機構(JICA) タイ事務所
専門家による講義(協力:パーソネルコンサルタント)
・来 耶木 パーソネルコンサルタント ゼネラルマネージャー
・小田原靖 パーソネルコンサルタント 代表取締役社長
・一木星 JICAタイ事務所 所員
・三好友良 チュラロンコン大学客員研究員
・水野哲也 読売新聞 アジア総局長
夜: 立席懇親会
9月4日(木)
在タイ日本大使館
カシコン銀行国際事業部
タイ外務省東アジア局
9月5日(金)
パトムタニ県ランシット市
・ミャンマー人向け学校 (MDF ( Migrants Development Front))
・ミャンマー人コミュニティ街歩き
パトムタニ県ブンイトー市 市役所、高齢者ケア活動、健康増進活動
スマート&ストロングプロジェクト
https://smart-strong-project.org/
9月6日(土)
バンコク プラウェート区テープスクサ スラム
プラウェート区イスラム地区イスラム教モスクと街歩き
・ヤーミーウンイバーダ モスク
・パックロンソンホン地区
(サムットソンクラム県アンパワーへ移動)
水上マーケットとホタル見学(アンパワー泊)
9月7日(日)
バンコク バンボン区ミャンマー人向け識字教室(FRY)
バンコク バンクンティエン区バンカディ地区
ワットスタムワディ寺(モン族の子どもへの寺子屋)
マングローブ植林地見学
夕方:バンコク⇒ラヨンへ移動 ラヨン泊
9月8日 (月)
ラヨン県タップマー市立幼稚園
障害者/高齢者宅の訪問(3ヶ所)
女性グループによるコミュニティビジネス活動
ラヨン県タップマー市ヘルスセンター(タンボン健康増進病院)
9月9日(火)
ラヨン県タップマー市の高齢者政策講義
ラヨン県の高齢者ケア政策講義
ラヨン県タップマー市高齢者デイケアセンター、
高齢者活動センター見学
国立ラヨン病院
夕方:ラヨン⇒パタヤ パタヤ泊
9月10日(水)
パタヤ市役所、パタヤ市立病院
社会開発人間安全保障省 バンラムン研修センター
バンラムン高齢者社会福祉開発センター
パタヤ⇒バンコク 解散
なお、スタディツアーとは別にタイ出張に同行して補助業務を行う短期インターンシップも若干名募集しています。関心のある方はこちらを御覧ください。
※スタディツアーでは野毛坂グローカルが実施する次のプロジェクトも訪問します。
参考:野毛坂グローカルの実施するスタディツアーについて
参加自己負担費用(概算):
航空賃(東京ーバンコク往復)6万円程度(航空会社や日程などによって異なる)
宿泊費:1泊4000円程度
タイ国内交通費(自己負担分):1日1000円程度
食費:1日1000円程度
旅行保険:3000円程度
その他個人的経費
(野毛坂グローカルは企画運営費、同行スタッフの経費、タイ国内交通費などを負担)
参加条件:
原則として:
・全行程参加できる人
・お名前、学校、顔写真などを公開しても構わない人
・報告書を作成いただける人
・報告会、発表会への参加をいただける人
・未成年の場合は保護者の了承がいただける方
・24歳以下の学生
(25歳以上の場合や社会人の場合は別途費用負担協力をお願いすることがあります。相談ください)
・自身で責任を持って行動できる人
上記「原則」にあてはまらない人も相談ください。
#基本的には現地(バンコク)集合、解散となります。
#語学力などは問いません。
#車椅子利用の方など配慮が必要な方も相談ください。
#観光旅行ではありません。朝や夜間もふり返り会などがあります。
(各自の観光などはスタディツアーの前後でお願いします)
参加者:
藥丸涼花 大阪大学 人間科学部 3年
鹿島大貴 埼玉大学 教育学部 4年(休学中)
内藤愛莉 日本社会事業大学 社会福祉学部 2年
花岡朝香 京都大学 経済学部 4年
小川広美 創価大学 経済学部 1年
秀島知永子 放送大学 教養学部 1年
山内梨緒 山梨県立大学 人間福祉学部 2年
吉野遙香 金沢大学 人間社会学域 4年
三浦一花 国際教養大学 国際教養学部 4年(交換留学中)
小林千珠 立命館大学 国際関係学部 2年
松永朋和佳 久留米大学 文学部 3年
磯野あやめ 都留文科大学 教養学部1年
小松紗々羅 国際医療福祉大学 成田保健医療学部 2年
小林周平 京都大学大学院 修士課程2年
間宮素佳 聖心女子大学 現代教養学部 2年
参加報告書より
花岡朝香 京都大学 4年
1,自分の目標について
当初掲げていた「現場と政策機関との乖離を知る」という目標は、正直に言えば達成することができなかった。今では、この目標自体が浅はかで、どこか傲慢だったと思う。ギャップを理解するには、まず両者の現状や掲げる理想、それぞれに対して抱く期待を知る必要がある。しかし、圧倒的に知識不足な私にとって、現場を訪れてもどのような法律が適用されているのか理解できず、現地の人々が本当に望むものを、ただの観光客に過ぎない私たちが知ることはできなかった。
この経験を通して、自分の知識不足を痛感すると同時に、もっとタイについて学びたい、そして日本についても学ばなければならないと強く感じた。目標にコミットできたとは言えないが、得た学びは非常に多く、この報告書ではそれらを以下に記していきたい。
2,自分の特権性について
今回のツアーで最も強く意識させられたのは「特権性」であった。特権性の自覚は、小学生のころから母に一番指摘され、自分の課題だと理解してきた。頭では「自分の環境に感謝し続けよう」と思っていても、これまでのコミュニティでは同じ境遇の人が多く、実感を得ることは難しかった。しかし、このツアーで訪れた場所の数々で、強くそれを痛感する瞬間があった。
1つ目は、ランシット市のミャンマー人の子どもたちが学ぶ学校での経験である。自分の住む地域が爆撃され、親元を離れて国外に逃れてきた子どもたちと初めて出会った。教室には母国ミャンマーではなくタイの国旗と国王の写真が掲げられていた。子どもたちは小さなスペースで学び、暮らしながら、学ぶ権利や働く権利を得ようとしていた。心のよりどころが少ない中で一生懸命生活していることが伝わってくる空間だった。どの子も大勢の見知らぬ日本人を前にしても物怖じする様子はなく、淡々と私たちにこれまでの話をしてくれた。勝手な想像だが、彼らの経験は彼らを実年齢以上に大人にさせたのかなと思った。帰り際、椅子を片付けながら笑顔で私たちを見送る姿を見て、私たちはただ話を聞きに来て彼らの時間を奪った、という事実を強く感じた。彼らの背負うものを想い、強い罪悪感を覚え、言葉にならない複雑な思いが胸に押し寄せ、涙が止まらなかった。
2つ目は、ミャンマー人支援NGOのFRYでのミャンマー人勤労学生とのセッションである。彼は「タイは日本人にとって馴染みやすいですか?」と尋ねてくれた。私の頭には「ご飯が美味しく、人も優しく、とても居心地のいい国」という答えが浮かんだ。しかし彼は「タイ語は難しく、文化の違いもあり、働く上で大変なことが多い」と語った。その時、私は自分が観光客の視点から抜け出せていなかったことを痛烈に思い知らされた。母国を離れ必死に働く彼らを思いやることが出来ない自分に腹が立った。
私は観光でタイに行くことが出来る。命を脅かされたこともない。これからは、母国語を使って、不自由なく仕事に必要なスキルを身につけていくことに集中して働くことも出来るだろう。「立場の異なる人の気持ちになって」という言葉はすごく軽く、無責任なものだと思った。私の想像はきっと彼らの気持ちには及ばない。でも、今回自分を客観視して感じた複雑な気持ちやショックだけは一生忘れず生きていきたい。
3,表面的な比較の危うさ
参加当初、私は「タイはまだ発展途上で、日本が支援する立場にある」というイメージを持っていた。しかし実際に街を歩くと、どこも清潔で、屋台にまでQRコード決済が普及しており、想像とは全く違っていた。また二国の関係について、タイはすでに日本との関係が「支援」から「共創」へと進んでいることを知り、経済が停滞している日本は、もはや留学先としての魅力的ではないという話も大きな衝撃だった。
これらの事実から、日本より進んでいる/遅れているといった単純な比較はもう意味は為さないと改めて感じた。また、タイと横並びの関係にあるからという理由だけではなく、各国の事情によって重視されるポイントが異なるという点からも、二元論的な比較は意味がないと気づいた。例えば障害者保険制度について、両国のサービスを比較すると、日本は外部施設が担う介助サービス支援が手厚く、タイでは自己申告が中心で日本より申請がシンプルだという印象を受けた。これにはタイでは家族での介護が一般的であるのに対し、日本では外部で介護を担うケースが多いという社会の前提が異なることに起因すると考察した。このように、各国の事情や社会背景によって仕組みが異なる。単純比較ではなく、その違いの背景をしっかり理解すればこそ、自国の現状に合った学び合いが可能になるのではないかと気づいた。
同様に、各所でお話されていた「マイペンライな国民性が良い、見習うべき」といった評価も表面的で乱暴と感じた。重要なのは、その特性が社会にどのように作用しているかだと思う。タイでは寛容さが「まずやってみよう」という精神につながり、イノベーションを受け入れる土壌を作っている。一方で日本の堅実さは、正確に機能するインフラなど強みを生んでいる。単に「日本もマイペンライになるべき」とまとめてしまえば、日本の良さを否定してしまう危うさがある。
このように、一面的な印象や二元論的な比較は良さを捨象し、学び合いを妨げてしまう危うさを持っていると気づいた。その背景まで追求する姿勢を大切にしたい。
4,キャリアについて
「転職の時代」と言われるものの、私の周りではキャリアアップを目的に転職した人は少なく、まだまだ「一社で長く勤める」ことが主流だと思っていた。しかし今回のツアーでは、転職を経て活躍されている方々の話を伺い、私の職業観が更新された。
彼らに共通していた点は3つある。
1つ目は、常に「自分が何をしたいか」を中心に置いていること。組織ありきではなく、やりたいことを実現するために環境を選んでいる。
2つ目は、リスクヘッジをしながら挑戦していること。職を変えて失敗しても立ち直れるよう、代替案を複数持ち、資格やスキルを備えていた。挑戦は精神論ではなく、安心できる基盤づくりの上に成り立っていた。
3つ目は、自分の強みを育てていること。ハードスキルはもちろん、梶原公使がお話されていたコミュニケーション力や発想力など、経験から培われる専門性も重要だと気づいた。
これまで私は「安定とは大手企業に勤めること」と考えていたが、話を聞く中で「自分の確固たるスキル、強みを持ち、必要に応じて環境を変えられることこそ安定」だと考えるようになった。これから一端の社会人になる者として、常に吸収する姿勢とハングリー精神を持ち、自分の力を磨いていきたいと思う。
結び
以上が一週間の主な私の学びだ。自分の力ではたどり着くことが出来ない場所にたくさん訪問させていただき、ご活躍をされている方々のお話を聞き、五感を使って人々の暮らしを知る中で、言語化するのが苦しいほど様々な感情を抱き、タイのことや日本のこと、自分自身のことを深く考える大切なきっかけを頂くことが出来た。ここで感じた気持ちは忘れないで生きていきたいと思う。
謝辞
最後に、このような貴重な機会を提供してくださり、旅の間も私たちの思考を深める示唆を与えてくださった野毛坂グローカル、そしてお時間を割いて今後につながるお話をしてくださった方々に心より感謝申し上げます。また、大変なスケジュールの中でも共に考え、楽しく過ごし、私を丸ごと受け入れてくれた仲間たちにも感謝しています。本当にありがとうございました。
松永朋和佳 久留米大学 文学部 3年
「人々のつながりの重要性」と「自分自身の無力さ」を痛感させられる1週間であった。1週間という短い期間の中で触れる事が出来る最大限の視点でのお話を伺い、見学をさせていただく中で学び、感じた今までの自分になかった考えや感覚は今後より咀嚼しながら向き合っていかなければならないと感じさせられた。とりわけ、一つの立場のみからの視点で物事を考えるのではなく、多方面の立場に立ち、その上で何が事実で何が課題なのかを常に思考することの大切さと難しさを実感した。クリティカルシンキングの重要性をツアー期間中を通して学ぶとともに、今までいかに自分が与えられた情報に対して受け身であり、全てを「ただ一つの事実」のようにとらえてしまっていたかを自覚させられた。
タイにおける様々な支援の観点において、ボランティアの存在の重要性を感じさせられた。日本でもボランティア活動に積極的に参加されている方も多いが、タイでは特にボランティアの方々に対する信頼性の高さを感じる場面が多かったように思われる。人のために、利益を求めず、必要な知識のための研修にも参加した上でボランティア活動を継続して取り組んでいく方々の存在があるからこそ成立している仕組みが多々あるように見受けられた。ボランティアとしての活動に対する責任感の強さやそれを支える周囲の環境の形成状況において、日本がタイから学ぶべき要素もいくつもあることが分かった。一方で、ボランティアの存在感の大きさが顕著に表れているからこその今後に対する注視の必要性も感じた。活動をしてくださっている方々のお気持ちは大変尊いものであるからこそ、資金面といった課題に対する対策をより強化できるのかが今後の在り方に大きく影響をもたらすと深く感じた。この点は日本も同様であり、双方が今以上にしっかりと向き合い深く考える必要があると言えるだろう。
ボランティア以外の立場においても、「人々のために自分に何ができるか」を常に考えながら活動されている方々とお会いし、お話を伺う貴重な機会を今回いただいた。加えて、普段ではなかなか入る事が出来ない施設の中やお会いできる機会がない方にもお会いできるといった経験は、今後の自分自身の成長やキャリア形成においても大きなポイントの一つになる感覚を得ることができた。そしてその随所で「人と人とのつながりの重要性」を実感した。何事においても自分やその周囲の身近な存在のみでやり遂げられることはかなり少なく、目標の達成や現状の改善のためには様々な立場の人との結びつきが必要不可欠になってくるとお話を伺う中で学ぶことが出来た。今までの個人的な活動等々においても人と人とのつながりの重要性を感じる場面は多々あったが、今回のツアー期間中には特にそう感じたりその奥深さが垣間見られたりする機会が多くあった。日本、タイといった限定的な環境のみならず、どの場所でもこの意識を今後大切にしていきたいと思える良いきっかけになったと同時に、あまり外交的ではない自分自身の性格を少しずつ人とのつながりを作っていけるような性格に変えていきたいと思うきっかけにもなった。
1週間を通して様々な新しい知識を得たり視野を広げたりしていく中で、「物事を知るほどに悩みも生じる」という感覚に苛まれた。一つ課題に対する取り組みを知る度に無数の新たな課題の存在も耳にした。一人活動に取り組まれている方の存在を知る度に何人もの困難を抱えている人々の存在を目にした。今まで「国際援助のフィールドで人のためになること」を一つのビジョンとして掲げていた自分の中で、そのビジョンが本当に最適なものであるのか、自分が人のためにできる最大限は本当にその方法であっているのかという、自分自身の今後と一度深く向き合うべきタイミングになったと直感した。大学生として将来のビジョンを再考する中で、今回生じた迷いはすぐに答えを出せるものではなく、むしろしっかりと向き合う必要があるものであると感じた。「自分自身が無力であること」をこの1週間の間でより痛感させられた。そしてこのきっかけは重要であったとも感じる。世界に課題は無数にあり、それにより困難に直面している人々も無数にいる。まずはその事実から目を背けず、理解を深める必要があるだろう。その上で、本ツアー中に何度も話題になっていた「当事者性」について再度深く考える必要がある。自分自身は世界で発生している多くの課題において当事者になることはできず、支援する側としての活動しかできないことを理解したうえで、自分にできることは何かあるか考える必要がある。(ここで「支援」という単語を利用したが、個人的に立場の上下を感じることがあるため、他の適切な単語を自分なりに見つけていきたい)加えて、その立場になれたとしてもできることは限られている場合が多いということ、現場側と政策側での乖離も発生しやすいということも常に理解しておかなければならない。その中で、自分ができる最大限の動きを見つけられるように、今から少しずつ準備として多方面への知識の充足を図りたい。
今回のツアー期間中にお会いした多くの方々が、ご自身の立場の中でできることを最大限模索した上で活動をされていた。自分自身にはそのような尊い活動に全力で向き合い、取り組む力が今はまだ十分にはないだろう。それは、自分自身の経験や知識の少なさや視野の狭さ、大学をまずは卒業したいという直近的な個人的目標といった様々な要因の上での感覚であるが、この感覚を無意識に初めから持ってしまっていたことに今回のツアーを通して改めて気づかされた。お話を伺わせていただいた方々だけでなく、一緒にツアーに参加した多くの参加者の皆さんも、一人ひとりが自分なりに考え実際に行動に移している人ばかりであった。1週間という短い期間の中でも多くの刺激を受けると同時に、「自分は本当に今、自分ができる最大限の動きを考えて挑戦できているのか」と自己を見つめ直す必要性も感じた。特に時間に融通が利きやすい大学生のうちに、今よりも積極的に様々な学びを深めたり外に出る機会を自分から作ったりといった行動を起こしていかなければならないと実感した。加えて、語学力の強化も今のうちから取り組んでおかなければならないと改めて感じた。今まで英語は比較的継続して勉強してきたが、今回のタイでの生活のようにあまり英語ではコミュニケーションが取れない場面に直面することも多いと予想する。今後国際的な活動を実際にしていく中では英語に頼るのではなく、それ以外の言語をはじめとしたコミュニケーション力を鍛えていくことが、今の自分にできる取り組みの一つになると改めて考えた。
今回のツアーを通して得られた経験はすべて今後の自分自身の成長の糧になると確信している。この1週間を決して無駄にしないよう、自分に厳しく、周囲を支えられるよう成長していきたい。
最後に、今回関わっていただけた全ての方に感謝申し上げます。また皆様とお目にかかれる日が来ることを楽しみに、日々精進してまいります。ありがとうございました。
鹿島大貴 埼玉大学 教育学部 4年(カンボジアでインターン中)
私がこのスタディーツアーへの参加を決めたのは、カンボジアでのインターンシップ経験がきっかけである。現地で企画していたワークショップが国境紛争の影響で中止となり、個人の試みが社会の大きな変動の前ではいとも簡単に頓挫してしまう無力感を覚えた。そこから生まれたのが、「自分にできる国際協力のカタチとは何か」という切実な問いだ。おそらく当時の私は、その問いに対する明確な「答え」がどこかにあるはずだと信じ、それを探すような思いでタイへと向かった。
ツアー序盤、私は「国際協力」という一つの言葉がいかに多様な顔を持っているかを思い知らされた。ジェトロ(日本貿易振興機構) や日系企業の方々から聞いたのは、ビジネスを通じて現地の雇用創出や経済的自立を促すという、経済を基盤とした貢献の形であった。一方で在タイ日本国大使館や国際協力機構(JICA)の方々から、技術協力や円借款といった国家間の関係性を土台とする、よりマクロな視点での開発支援の役割を説明していただいた。さらに国連機関では、労働者の権利や人権といった普遍的な価値を軸に、国境を越えた基準作りや政策提言に関わっていると聞き、その活動領域の広さに圧倒されるばかりだった。また、ジャーナリストの方々が語ったのは、特定の課題解決を目指すのではなく、中立的な視点から「人々の生の声を一次情報として届ける」という使命であった。こうした大きな組織とは対照的に、私たちが訪れたFRYのような現地のNGOは、政府の手が届かない移民の子どもたちの教育など、非常に具体的で、現場に密着した活動を展開していた。
これら全てが「国際協力」と呼ばれている現実に触れ、私はこれまでの一括りにしていた考えが解体されていくのを感じた。国家の利益、グローバルな基準、ビジネスの持続可能性、そして目の前のひとりひとりの生活。それぞれが依拠する理念も時間軸も全く異なり、優劣で語れるものではないのだろう。自分の「関わり方」を探す以前に、まずこの複雑な構図を理解する必要があるのだと痛感した。
バンコク市内のあるコミュニティで、住民自身が運営するヘルスセンターを訪れた時の光景は、支援のあり方について深く考えさせられるものであった。そこで中心的な役割を担っていたのは、元教師の女性ボランティアだった。彼女は自身の貯金を切り崩しながら、20年以上も活動を続けていると話してくれた。その姿に敬意を抱くと同時に、一個人の善意や自己犠牲とも言える献身性に寄りかかる支援のあり方に、私は強い疑問を抱かずにはいられなかった。もし彼女が活動を続けられなくなった時、このコミュニティのささやかなセーフティネットは誰が引き継ぐのだろうか。
その問いに対する一つの可能性を、ラヨーン県タップマー市での取り組みに見ることができたように思う。そこでは、高齢者介護などを担うボランティアが市の制度に正式に組み込まれ、「準公務員」のように位置づけられていた。個人の善意を、より持続可能な社会の仕組みへと転換しようとする試みなのかもしれない。また、バンコクのゴミ集積所で暮らすコミュニティでは、多数を占めるミャンマー移民とタイ人住民が、外部の介入を待つのではなく、自ら協力関係を築き、子どもの教育問題を行政に働きかけて解決へと導いていた。
彼らの姿は、「支援される人々」という受動的なイメージとは全く異なる、困難な状況下で自ら未来を切り拓こうとする強さ、すなわち「レジリエンス」を感じさせるものであった。この時、「支援」とは、外部の人間が何かを与えることではなく、彼らが本来持っている力を発揮できるような環境を整える「場づくり」なのではないか、という思いが芽生えた。それはカンボジアで頓挫したワークショップの経験とも重なり、私の興味の核に触れる感覚であった。しかし、「支援者が主導にならないように」とツアー中に何度も聞いた言葉が、その難しさをも同時に突きつけてくる。
ツアーでは、障害者、高齢者、移民といった、社会の中で脆弱な立場に置かれやすい人々を支える「制度」の光と影も目の当たりにした。アジア太平洋障害者センター(APCD)では、障害を持つ当事者が主体となってインクルーシブな社会を創造していくという力強い理念を聞き、実際に障害を持つ方がリーダーシップを発揮する姿に感銘を受けた。
しかし、実際にラヨーン県で訪問した寝たきりの方の家庭では、制度そのものへのアクセスがいかに困難であるかという現実があった。ある家庭では、息子さんが母親の介護のために仕事を辞めていたが、公的な支援制度の存在を知らず、「助けてくれるとは思わなかった」ために、長年家族だけで負担を抱え込んでいたのだ。障害者手当を受けるには登録が必須だが、その情報が届かなければ、制度は絵に描いた餅になってしまう。
ミャンマー移民の子どもたちも同様の構造の中にいるように見えた。NGOが彼らのための学習の場を提供していたが、それはあくまでタイの公教育システムからこぼれ落ちた子どもたちのための、代替的な受け皿に過ぎない。そこには「国民」を前提として設計された制度と、国籍を持たない人々の人権との間の大きな隔たりがあるように感じられた。おそらく、制度を設計する側と、制度の光が届かない場所で生きる人々の間には、想像以上に深く、暗い溝が存在するのだろう。この複雑に絡み合った構造の中で、一体どこから手をつければ、事態は少しでも良い方向へ向かうのか。単純な解決策など存在しないという一種の無力感と、それでも思考を停止してはならないという焦燥感が、今も私の中に渦巻いている。
このスタディーツアーを通して、出発点であった「自分にできる国際協力のカタチ」という問いに対する明確な答えは見つからなかった。むしろ、一つの問いが十の新たな問いを生み、その複雑さと向き合うことの重さを突きつけられた、というのが正直な感想である。今、私が立っているのは、確固たる答えを見つけた場所ではなく、整理しきれない無数の問いとモヤモヤを抱えた、混沌の始まりの場所だ。
しかし、それは決してネガティブな感覚ではない。このツアーで出会った方々は皆、それぞれの持ち場でこの複雑さと向き合い、悩み、それでも行動を続けていた。今の私にできることは、このモヤモヤから目を逸らさず、安易な正義や単純な二項対立に飛びつかず、この問いを持ち続けることなのだろう。そして、露呈した自身の知識不足を謙虚に認め、学び続けること。いつの日かこの複雑な現実の断片を、その熱量や矛盾、希望と共に、自分自身の言葉で他者に「伝えられる」人間になること。それが、今の私が見出した、自分なりの「国際協力」へと繋がる、ささやかで、しかし確かな第一歩であると信じている。
今後はひとまずカンボジアに戻り、インターン先の方々と今後の動きについて協議を進めていく予定だが、今回の学びを胸に、安易な答えを求めるのではなく、現場の声に耳を傾けながら自分なりの歩みを重ねていきたい。
小林千珠 立命館大学 2年
今回のスタディツアーでは、毎日多くの学びを与えていただき、今まで生きてきた中で最も情報量の多かった10日間であったと実感している。正直なところ、スタディツアーで過ごした10日間の濃さは到底短期間で消化できるものではなく、私の勉強不足な部分もあり、思考の整理が追い付いていない状況にある。そのため、本報告書では私の思考を少しずつ整理しつつ、私の学びをできるだけ簡潔にお伝えしたい。
今回のスタディツアーの中で最も印象深かったのは、「当事者性」の重要性についてであり、「当事者性」はそのものの重要性だけでなく、国際協力の在り方の変化、自分自身の特権性についての意識にも関わっていると感じている。
まず、今回のツアーではとにかく、地域住民、また問題の当事者が主体となる重要性を実感させられる場面が多かったと感じる。これは良い面だけでなく、問題点であると感じられる部分もあった。例えば、ボランティアの活動である。ツアー中には、障がい者や高齢者の支援をはじめとした保健医療福祉のボランティアなど、様々なボランティア活動を拝見する機会があった。ボランティア活動を行う人は主に地域住民である。また、タイにおけるボランティアは大きな責任が付きまとう。ほとんどが無償であるにもかかわらずである。その仕組みを聞いたとき、「なぜボランティアが必要なのか?」「なぜ無償なのにボランティアを行うのか?」と疑問に思う点が多々あった。しかしたくさんの人から話を聞くにつれ、自分なりに腑に落ちてきた。彼ら彼女らには、ボランティアをやる特別な意味はなく、ただ人の役に立つからやっているだけだと多くの人がおっしゃっていた。無償か有償かは関係ないのである。タイのボランティア活動は、行政の行き届かない部分をボランティアとして地域住民同士が助け合って行われており、同じ場所に暮らす・同じバックグラウンドを持つ者同士であるからこそ拾えるニーズがあり、できることがあるということを実感させられた。こうした「当事者性」が実行に移されていることを感じた一方で、プラウェート区テープスクサのコミュニティを訪れた際、「当事者性」の欠如を感じた。テープスクサのコミュニティは私の目から見ると決して十分な生活ではなく、十分どころか最低限の生活ができているのかも怪しいと感じた。さらにこのコミュニティの中でさえタイ人とミャンマー人の間で暮らしぶりに違いがあることを学んだ。こうした状況にあっても、コミュニティの役員の方が今の状態に「特に問題はない」とおっしゃっていたのが私には強い衝撃だった。テープスクサのコミュニティに暮らす当人たちは現状を変えたいとも思っていないし、政府もこのコミュニティがなくなると困るので介入してこないとのことであった。私はコミュニティに暮らす人々と政府のどちらにも意識としての当事者性がないと感じ、明らかに問題点はあるのにそれを受け入れる、また見て見ぬふりをするというその姿勢は非常に問題であり、いくら外部のNGOなどが関わってきたとしても、根本的に意味を成す活動にはならないと考える。コミュニティや社会の外からの介入にできることは限られており、やはり地域住民や問題の当事者が主体となって活動していかなくてはならないと強く思ったと同時に、当事者だけでは何もできない状況があるのは事実で、当事者を主体としつつもそれを補助していくアクターは必要とされると感じた。
次に、「国際協力」というものの在り方が変化していると感じた。私は、タイに来るまで、タイのことをいまだに発展途上の国だと思っていた。しかし実際はビルが立ち並び、デジタル化も進んでおり、公共交通機関も発展していた。これを見て、私は「タイはもはや支援するようなフェーズにはないな」と思ったのだが、実際その通りで、タイと日本との間の国際協力の在り方は一方的な二国間支援から、ともにつくっていく「共創」に変化している。これは、国と国との国際協力の場においても「当事者性」が大切にされるようになったという変化ではないかと感じ、従来の植民地的な「未開の地を開発してあげる、そのための支援をしてあげるのだ」という姿勢から、当事者としての国を含め意思決定をする、そしてお互いに学び合っていく姿勢になったという前向きな変化であると思う。実際、日本とタイにはお互いに学び合える点が多くあるとツアーの中で幾度も感じた。一方で、「いいところだから取り入れた方がいい」と簡単に決めつけてしまうのは危険で、お互いの文化的・社会的背景を意識しなくてはならないと考える。さらに、「途上国は支援しなければならない国」という意識が私たち日本人含め先進国諸国にはあり、また途上国にも「支援してもらわなくてはいけない」というように先進国に頼った部分もあるのではないかと推測する。綺麗ごとかもしれないが、国際協力に携わる人たちのみ意識が変わっていくのではなくて、個人のレベルでもお互いを知り合うことでより高め合っていくことができると思う。
そして、ツアーを通じて、改めて自分の「特権性」をより強く意識させられた。私は自分自身特権性を多く持っていると感じており、日本でも自覚しながら生活するよう意識している。ただ、日本では、それを生活の中で他者から意識させられる場面が非常に限られていて、自分で思っているだけの感覚だった。しかし、今回のツアーの中では、強烈に自分の特権性を意識させられる場面が多々あった。テープスクサのコミュニティ、ミャンマー人学校、障がい者の方の家庭訪問…特にミャンマー人の子どもたちの壮絶な体験を聞いたとき、彼らの自分には全く想像のつかない状況がそこにあって、目の前に突き付けられて、複雑という言葉では言い表せないような今まで感じたことのない気持ちになった。10日間、タイの街を歩くそのことだけでも、自分の特権性について考えさせられた。改めて自分の持つ特権性を意識したということだけではなく、他の人が持つ「特権性」「抑圧性」「脆弱性」にも目が行くようになり、ツアーの中で得た一つの目線となった。これからも、自分がたくさんの「特権性」を持つ人間だという事実はそう簡単に変わらない。「抑圧性」「脆弱性」もそう多くは持っていない。国際協力を仕事にしたい、これからやりたいと思った時に対象になる人は、「特権性」が少なく、「抑圧性」や「脆弱性」の多い人々であり、私がそのような人々の気持ちになることは不可能だろう。それでも、「特権性」を多く持つ自分にしかできないことがあると私は思うし、自分にしかできないことをやりたいと思う。
最後になりましたが、野毛坂グローカルさん、またスタディツアー参加者の皆さん、そしてスタディツアーに関わっていただいたすべての方に深く感謝申し上げます。今回のタイでの経験は私にとって非常に有意義で、今後の私の人生や考え方にも大きな影響を与えるものとなりました。出会った皆さんとのご縁をこれからも大切に、成長していくつもりです。この度は本当にありがとうございました。
小松紗々羅 国際医療福祉大学 2年
今回のスタディーツアーを通して、私はタイという国の多様な側面に触れ、社会・経済・文化・国際協力、そして人々の暮らしに根ざした現実を学ぶことができた。それは単なる観光や情報収集ではなく、現地の人々の生の声を聞き、機関や組織の取り組みに直接触れることで、自分自身の将来像や課題意識を深める貴重な機会となった。
特に心に残ったのは、「国際的に働く人、社会をよくする人とはどのような人なのか」という問いに対し、具体的な答えを見出せたことである。国際機関や政府機関、NGOで活動する方々は、知識や技術だけでなく、人とのつながりを大切にし、現実を直視しながら持続可能な解決策を模索していた。その姿から、理想と現実を調和させる柔軟さと戦略性を持つ人こそが社会を動かす存在であると実感した。また国際協力の現場では「当事者の声を尊重すること」が常に重視されていた。例えば、ミャンマー人向けの学校では、単に物資を与えるのではなく教育の機会を保障し、子どもたちが自立の道を歩めるよう支援していた。JICAの方も「援助は一時的なものではなく、将来につながる仕組みづくりが必要である」と語っていた。私はここから、国際協力に携わる人々が短期的な援助ではなく未来を見据えた支援を意識していることを学び、当事者自身の主体性こそが解決の鍵であると深く理解することができた。また援助は一方的な善意ではなく、途上国との信頼関係を築く契機となり、相互に利益をもたらすものであることも学んだ。
さらに国連機関やJICAの方々からは、国際協力は理想や善意だけでは成り立たないという現実も示された。持続可能性を確保するには経済的利益や制約を考慮する必要がある。ILOの担当者は「労働環境の改善は途上国の発展に不可欠だが、企業にとってはコスト増につながるため、いかに両立させるかが課題である」と述べていた。単純な援助ではなく、経済・社会全体の仕組みを見据えた取り組みが求められていることを理解した。
また、現場で働く人々が皆「自分一人では何もできない」と語っていたことも印象的であった。どれほど知識や技術が優れていても、それを支える仲間や現地の人々との協働がなければ成果は生まれない。この姿勢は医療の現場にも共通する。医師、看護師、検査技師、患者、家族など多様な人々が協力して初めて治療は成り立つ。ツアーを通じて、国際協力と医療が「協働を基盤としている」という点で強く結びついていることに気づき、将来への大きな示唆を得た。
私はこれまで、発展途上国には「先進国であれば救われる命が救われていない現実」があることを知って以来、途上国の人々の命を救いたいという思いだけで国際協力を志望してきた。しかしその考えは、複雑に絡み合う社会的・経済的問題に十分目を向けない、単純化された理想論に偏っていたことに気づかされた。私一人が現場で誰かを助けるだけでは根本的な解決にはつながらず、自己満足に終わる可能性がある。支援の本質は「相手の主体性を引き出し、ともに未来を築くこと」にあると学んだことは、大きな転機となった。
また、日本とタイを比較する中で、必ずしも「先進国が途上国を支援する」という一方向の関係ではないことも学んだ。むしろ日本が学ぶべき点は数多く存在していた。タイでは高齢者が地域活動や運動を通じて生き生きと暮らしており、年金や介護の不安から消極的になりがちな日本の高齢者像とは対照的であった。また障害者雇用においても、タイでは一般企業の約90%が障害を持つ人を受け入れているのに対し、日本は依然として不十分である。この違いは、日本で障害者が生きづらさを感じる要因であると考えさせられた。アジア太平洋障害者センターが提唱する「障害を個人の問題ではなく環境的な障壁と捉える」という視点は、日本の支援の在り方を見直すうえで大きなヒントになると感じた。こうした気づきは、「先進国から途上国へ一方的に与える支援」という枠を超え、互いに学び合い、その知見を自国に生かすことの重要性を示していた。
さらに、このツアーでは毎日学んだことを振り返り、自分の意見を言葉にする時間が設けられていた。私はこれまで考えを表現する機会が少なく、語彙力や表現力の不足を痛感した。国際協力を志す上で、自分の考えを相手にわかりやすく伝える力は不可欠であり、今後大学生活で鍛えていく必要があると強く感じた。また、人の意見をそのまま受け入れるのではなく、なぜその考えに至ったのかを問い直す姿勢の大切さにも気づかされた。
総じて、この7日間の学びを通して得た最大の気づきは、社会を動かす根底には「人と人とのつながり」があるということである。医療、経済、福祉、外交、報道といった異なる分野に共通して、人を思いやり、互いの立場を理解し、対話を重ねる姿勢が問題解決の鍵となっていた。そして「国際的に働く人、社会をよくする人」とは、このつながりを大切にしながら理想と現実を調和させ、多様な分野を結びつけて持続可能な解決策を探ることのできる人であると確信した。
私は現在、臨床検査技師を目指しているが、このツアーで学んだことは医療の枠を超えて将来に大きな影響を与えた。今後は専門性を磨くだけでなく、多角的な視点と批判的思考を持ち、人々の声に耳を傾け、幅広い分野と協力しながら社会に貢献できる人を目指したい。そして、このツアーで学んだ「相手の声に耳を傾け、主体性を尊重する姿勢」を忘れずに、国際協力や医療の現場で人と人とのつながりを育みながら活動を続けていきたい。
最後に、このスタディーツアーを実施してくださった主催者の方、現地で温かく迎え入れ、多くのことを教えてくださった機関や団体の皆様、そして共に学び合った参加者の仲間に、心より感謝申し上げる。一人では得られなかった学びや気づきを共有できたことは、私にとってかけがえのない財産となった。この経験を人生の糧とし、学んだことを自らの行動へとつなげていきたい。
藥丸涼花 大阪大学 人間科学部 3年
今タイとは何かを考えさせられる10日間のプログラムだった。そして、格差と多文化共生、ボランティアや福祉のあり方、自分のキャリアについても考えるきっかけを頂いた10日間だった。
仏教国で国民のほとんどがタイ人、微笑みの国、東南アジアの経済の中心というタイのイメージは、以前、山岳少数民族の支援ボランティアに参加した時に打ち砕かれた。訪問した山岳少数民族の村はタイ人ではない住民が暮らしており、キリスト教・仏教・自然信仰など様々な宗教が混在しており、道路の舗装は十分ではなく、電気や水道のない地域もあった。今回、野毛坂グローカルのスタディツアーに参加したのは、幅広くタイの姿を見てみたいという思いが根底にあったことと、現在大学で研究しているタイの医療制度について学ぶためだった。
プログラムの中では色々な場所を訪問したが、中央省庁や銀行などの発展したバンコクの姿と、低賃金労働を担う移民やスラムの存在などを見比べて、大きな格差があることを実感した。移動の際に使った交通機関では電車とバス(それも、昔ながらのバス)の乗客に大きな差があることを指摘され、ごみ処理場の近くにコミュニティを構えて不安定で低賃金のゴミ処理の仕事を担う移民労働者の存在を知り、都市と郊外では街並みも生活も全く異なることに気付いた。初めて訪れた時は東京と遜色ない程に発展した都市という印象を受けたが、よく見ると大きな格差が存在することが分かる。公務員を対象とした大規模病院や、観光医療の目的でタイを訪れる外国人の行く病院もあるかと思えば、誰でも無償で基本的な医療を受けることのできる医療システムがあり、驚いた。住民が立ち上げたヘルスケアセンターやボランティア、NGOに聞いた、お金を稼ぐことが目的ではないという話も深く考えさせられる。
プログラムの中では多様な属性を持つ方のコミュニティを訪問する機会を得た。ミャンマーからの移民・少数民族・ムスリムなど、所謂「タイ民族」ではない人がタイには多く住んでいることを実感した。彼らの中の、自分たちのコミュニティとタイ社会の「懸け橋となる」活動をしている方々が印象に残った。ミャンマー人学校ではタイ社会で働くために社会人向けのタイ語教室を行ったり、あるコミュニティでは行政との関係でインフラの整備を進めたり、公立学校の隣にモスクの所有するヘルスケアセンターが建っているなど、共生の一側面を見ることができた。確かに良い共生の事例ばかりではなく対立もあるかもしれないが、多様性を感じる上で貴重な体験をすることができたと思う。
ただ、多様性がある一方で、タイとは何だろうという疑問も生じてきた。タイは決して単一民族の国ではない。異なる文化や宗教を持つ人がタイには沢山暮らしている。ミャンマー人学校では、子どもたちをタイの学校に入れるための教育の様子を見学した。母国に帰ることのできる見通しの立たない中、タイでの生活とミャンマー人としてのアイデンティティはどのようにして両立するのだろう。ミャンマーから来た移民の中にもカレン族やモン族などの異なる文化的背景を持つ人がいる。モン族の子どもたち向けの教育施設もあった。タイにも少数民族がいるが、彼らの教育はどうなっているのだろう。タイ人とは何だろう、ミャンマー人とは何だろう、と考えていると、日本にも異なる文化的背景を持つ人々が多く住んでいることが思い起される。私の住む大阪には朝鮮半島にルーツを持つ住民が多く、近年では中国系の子どもたちの姿も学校で目にするようになった。彼らの教育や文化はどうなっているのか、無知だった自分の姿に気づかされ、彼らの現状も知りたいと思った。
また、医療・福祉の現場を訪問した際、ボランティアが果たす役割の大きさを感じた。タイの医療制度の中には、研修を受けて行政から登録され、仕事を行う保健ボランティアや高齢者福祉ボランティア・高齢者介護ボランティアなど様々なボランティアが組み込まれている。余暇を利用して多くの場合無償で専門的でない活動を行い、負う責任も小さい日本のボランティアとは違い、タイのボランティアは研修を受けたある程度専門性のある仕事を、恒常的に責任を持って担っている。プログラムの中では、地域の健康を守るために住民が立ち上げたヘルスセンターを訪問したり、ボランティアがコミュニティに根差した高齢者介護の現場で活動する様子を見学することができた。日本の高齢者介護の現場は市場化が進み、家庭や地域への回帰の動きが見られるが、未だ介護を誰が行うかという意識や、地域での介護を支える仕組みなどの面で課題が残っている。タイのボランティア制度には地域での人間関係や負担の偏り、金銭的補償などの課題も考えられるが、地域での介護を成り立たせる仕組みがあることから、日本の高齢者介護の地域化の文脈でも学べる部分があるのではないかと感じる。
福祉の現場では、障害は個人の中にあるだけではなく、社会的環境によって作り出されるものという考え方が印象的だった。アジア太平洋障害者センター(APCD)では、障害を持つ当事者の方が生き生きと司会や説明をしてくださり、環境を整備すれば誰もが専門家になれるという説明を体現していた。ただし、そのためには当事者を抑圧・制限することのなく、当事者の意見・決定を尊重する良き支援者が必要だ。この学びは、今後国際協力や他者と関わっていく際に重要な視点であると同時に、ボランティアが大きな役割を占めるタイの医療・福祉現場を見る時の示唆になりうると感じた。
多様な分野で国際的に活躍されている方々のお話を聞くことは、今後のキャリアを考える上で刺激になったし、参考になった。行動力や計画性の重要性は、進路について悩んでいるこの時期の貴重な学びだった。周りが熱心に就活に取り組む中で不安になっていたが、大学院に進学するという決断の後押しをしてもらった気分だった。
タイ国内の格差、多様性と多文化共生、ボランティアが重要なアクターの一つである医療・福祉の現場の見学を通して、実際に自分の目で見なければ分からないことを沢山学んだ。このスタディツアーに参加できることをはじめとした、自分が今まで意識することのなかった特権性についても考えさせられた。毎日の振り返りや報告書という言語化の作業では、現在の自分の意見を言葉として持っておくことの重要性を知った。まだ自分の中で呑み込めていない学びもあるが、今後の学びや活動に繋がっていくと良い。
私は今後国際協力に関わっていきたいと思っているが、語学力や様々な専門性など、足りないものは山積みである。ただ、このスタディツアーで得た学びや意識は今後活かせるものだと確信している。今回のスタディツアーを企画してくださった野毛坂グローカルさんをはじめ、お忙しい中貴重な時間を使ってお話・対応してくださった方々、7日間・10日間を共に過ごし学び合った参加者の皆さん、関わってくださった全ての方に感謝を捧げたい。
小川広美 創価大学 経済学部 1年
このスタディツアーはタイの現状を勉強するつもりで参加しましたが、国際協力や格差の問題、インクルーシブ社会についてなど様々な学びを得ることができただけでなく、自分自身の将来を見つめなおすきっかけにもなるなど、大きく成長する機会になったと感じています。
私は大学に入学してから国際協力の仕事に関心を持ち始め、それもあってこのスタディツアーに参加したいと思うようになりました。今回国際機関、国際協力機構(JICA)、NGO、ソーシャルビジネスなど、国際協力をしていらっしゃる多くのアクターの方のお話を聞くことができて、立ち位置が違うと見方がこんなに違うのかと思いました。漠然と苦しんでいる人の力になりたいという思いで決めるのではなく、どこで何をしてどう貢献したいのかを考えなければいけないとも思いましたし、私が今するべきことは、自分の力をつけることが重要で、そのうえで将来誰かの力になるという気持ちを持ち続けることだと野毛坂グローカルさんに教えていただきました。そしてもう一度進路を考え直そうという気持ちになりました。
またこのツアーではタイでの国際協力、福祉などに携わる人々のお話を聞くことができましたが、同じ言葉でひとくくりにされていても実際に行っている機関が違えば視点も違い、様々な見え方ができるということも強く実感しました。朝と夜のミーティングで、訪問のときなにを考えながら話を聞けば良いのか、訪問で話していたことは別の視点からこうもとらえられるのではないかなど、ただ聞くよりも考えを深められたような気がします。それによってさらに頭を混乱させることになりましたが、この混乱を言語化してある程度報告書にまとめていくことができて、訪問先でいただいた資料も含め、この先に読み返すことのできる財産になったのではないかと思っています。そして一緒に過ごすことができたみなさんと出会えて本当に良かったと思い、私も彼らのようになりたいと感じました。
また、事前課題として考えた自分の特権性・抑圧性・脆弱性についても考えが広がったように思います。書いた当時よりも、自分が特権性の強い環境で生まれ育ってきたと思うようになりました。
今回特に印象に残ったことは二つあります。一つはタイの格差についてです。今まで、タイにもともと住んでいる人々とミャンマーやカンボジアからの移民との格差をあまり知りませんでした。しかし今回ミャンマー人のコミュニティと、その中の子どもたちに教育をする場所や、勤労している人々を含む若者へのタイ語教育をしている団体など、教育という面から移民の支援しているところを訪問させていただきました。医療・教育・労働の面での大きな待遇の違いを知りました。
さらに、このスタディツアーで学んだタイの姿の中で最も印象に残ったのがごみを売って生計を立てているテープスクサコミュニティです。コミュニティの住民の生活は、こちらから見るととても十分な生活とは思えませんでした。特にそう感じたのは移民の方々の暮らす場所に入っていったときです。まず説明を受けたとき、スラムですらタイ人とミャンマー人との格差が存在するのかという衝撃を受けました。前日は大雨が降りましたが、きれいに分けられた住居スペースのうちタイ人の住んでいる表通りは無事で、移民の方の住んでいるスペースは沼に浮かんでいるような様子になっていました。またこのコミュニティを訪ねる前にもタイ人がやりたがらない仕事を移民がしていると学んだ通りに、ごみを実際に分別して集めているのはミャンマー人だというお話も聞きました。彼ら自身は自分たちの生活を当然と受け入れて普通に暮らしているとのことでしたが、このままの生活を続けてほしくないとコミュニティをまわりながら感じました。
二つ目は人の違いをグラデーションで考えるという話です。これは初めて聞いたときはあまり理解することができませんでした。障害のある人を障害者と定義して健常者と区別することと、そのうえで必要な支援を届けるべきであることを、常識として疑ってこなかったからです。その後タイ社会開発人間安全保障省の障害者局の話を聞いて、障害者であるという申請をして受け入れられることで支援が受けられるという制度に、それは本人にとって辛いことなのではないかと感じました。そして次にアジア太平洋障害者センター(APCD)の説明を受けて、考えが大きく変わりました。実際に障害のある方が生き生きと司会や説明をされていたその様子を見て、障害者かどうかは環境によって決まる、という話が腑に落ちたからです。本来「できないこと」は人によってグラデーションのように少しずつ違っているなかで、ある部分の人はその社会で生きづらくなっていて、そういった人を分離して障害者という枠に入れているというふうに解釈しました。
このように、今回のスタディーツアーは、タイの国際協力や社会課題を学び、自分の将来を見つめ直す大きな契機にもなりました。多様な立場の方から話を伺い、同じ「国際協力」であっても視点の違いにより見え方が大きく異なることを実感したことで、単なる「人を助けたい」という思いだけでは不十分であり、自分がどの分野でどのように貢献したいのかを明確にする必要があると気づきました。また、自分の力を磨き続けることこそが今の自分にできることだとわかり大学生活を有意義に過ごそうという思いを再燃させることができました。そして、タイ社会における移民との格差と、多文化共生について考えを深めることができました。教育・労働・医療における不平等や、移民がごみ分別を担いながらも社会に黙認されている現状を知り、強い衝撃を受けました。「人の違いをグラデーションで考える」という視点についても、障害の有無は環境により規定されるもので、人はそれぞれ異なる「できない部分」を抱えているという考えに触れ、従来の固定的な見方が変わりました。
この経験を通じて、現地の課題を自分の目で確かめ、今後どのように社会に関わるかを真剣に考える必要性を強く感じました。学ぶだけ学んで混乱したまま帰ってきてしまったという風に感じますが、その先を自分で考える作業はこれから少しずつ続けて、今は焦らず力をつけていこうと思います。