野毛坂グローカルでは、2026年8月下旬にタイへのスタディツアーを実施します。
1)一般学生向けコース
2)医療、福祉関係学生コース
2つのコースがあり、1)一般学生向けコースが約1週間、2)がそれに続いて2日間の日程で実施します。
医療、福祉関係学生コースは医療系や福祉系の学生を主対象にしますが、関心がある人はそれ以外の学部でも参加可能です。
特徴として、政策レベルから地域の現場まで、幅広い視点で学ぶ——そんな体験ができるタイスタディツアー。国際機関、NGO、企業、自治体などを訪問し、社会課題に直面するリアルな現場に触れながら、国際協力やインクルーシブ社会のあり方について深く考えます。仲間と議論を重ね、自らの視野を広げる時間は、人生観さえ変える濃密な学びの時間になることを期待します。
世界と自分の未来を真剣に考えたいあなたに、ぜひ体験してほしいツアーです。
特徴:
・政策レベルからコミュニティまで学びます
・政府機関、メディア、企業など、幅広い分野を学べます
・少人数でリアルな現地課題を学べます
・国際協力経験が深いスタッフが同行します
・比較的安価に参加いただけます
#毎日朝夕に学習会、振り返り会、レポートがあるハードなツアーです。
自由時間はほとんどありませんので。観光旅行をする人はツアーの前後に行ってください。
#なぜタイなのか?
タイは、途上国といわれる国の中でもとてもユニークな国です。バンコクの最先端の都市開発やイノベーション・ハイテク産業への取り組み、いわゆる「先進国」に近い側面を持ちながら、一方で農村部や地域によっては「途上国」と呼ばれるような課題も色濃く残っています。このため、一度の訪問で両方の現実を比較しながら体験できる貴重な機会を得ることができます。
また、タイは急速な経済成長を遂げた一方で、高齢化の進展、環境問題、経済格差といった「成熟社会が直面する課題」にも直面しています。これらは日本を含む多くの国が抱えるテーマでもあり、タイでの学びは、これからの世界をどう考えるかに直結します。
多様な現場を自分の目で見て、直接話を聞き、ディスカッションすることによって、机上だけでは得られない「生きた知識」を体験してもらいたいと考えています。
募集コース・日程:
1)一般学生向けコース:約一週間(日程未定)
2)医療、福祉関係学生コース:上記に加え、2日間
※現地集合となります。
(不安な方は参加者同士一緒の便で来タイをおすすめします)
※医療、福祉関係学生コースは医学部、看護学部やリハビリテーションなど医療系や福祉系の学生を主対象にしますが、関心がある人はそれ以外の学部でも参加可能です。
午前:中間報告会
午後:TEQ Company Limitted(医療機器会社)
なお、スタディツアーとは別にタイ出張に同行して補助業務を行う短期インターンシップも若干名募集しています。関心のある方はこちらを御覧ください。
◆自治体ネットワークによるコミュニティベース統合型高齢者ケアプロジェクト(SMART&STRONGプロジェクト)
https://smart-strong-project.org/
◆ミャンマーやカンボジアからタイへの移民労働者の子どもの就学促進プロジェクト
https://nogezaka-glocal.com/efa/
数名(最高8名)を予定
宿泊費:1泊平均4000円程度
タイ国内交通費(自己負担分):1日1000円程度
食費:1日1000円程度
旅行保険:3000円程度
その他個人的経費
(野毛坂グローカルは企画運営費、同行スタッフの経費、タイ国内交通費などを負担)
原則として下記のとおりです。
(合致しない方は相談ください)
(25歳以上の場合や社会人の場合は別途費用負担協力をお願いすることがあります。相談ください)
上記「原則」にあてはまらない人も相談ください。
#語学力などは問いません。
#観光旅行ではありません。朝や夜間もふり返り会などがあります。
(各自の観光などはスタディツアーの前後でお願いします)
主催者メッセージ:
参加報告書より
花岡朝香 京都大学経済学部 4年
1,自分の目標について
当初掲げていた「現場と政策機関との乖離を知る」という目標は、正直に言えば達成することができなかった。今では、この目標自体が浅はかで、どこか傲慢だったと思う。ギャップを理解するには、まず両者の現状や掲げる理想、それぞれに対して抱く期待を知る必要がある。しかし、圧倒的に知識不足な私にとって、現場を訪れてもどのような法律が適用されているのか理解できず、現地の人々が本当に望むものを、ただの観光客に過ぎない私たちが知ることはできなかった。
この経験を通して、自分の知識不足を痛感すると同時に、もっとタイについて学びたい、そして日本についても学ばなければならないと強く感じた。目標にコミットできたとは言えないが、得た学びは非常に多く、この報告書ではそれらを以下に記していきたい。
2,自分の特権性について
今回のツアーで最も強く意識させられたのは「特権性」であった。特権性の自覚は、小学生のころから母に一番指摘され、自分の課題だと理解してきた。頭では「自分の環境に感謝し続けよう」と思っていても、これまでのコミュニティでは同じ境遇の人が多く、実感を得ることは難しかった。しかし、このツアーで訪れた場所の数々で、強くそれを痛感する瞬間があった。
1つ目は、ランシット市のミャンマー人の子どもたちが学ぶ学校での経験である。自分の住む地域が爆撃され、親元を離れて国外に逃れてきた子どもたちと初めて出会った。教室には母国ミャンマーではなくタイの国旗と国王の写真が掲げられていた。子どもたちは小さなスペースで学び、暮らしながら、学ぶ権利や働く権利を得ようとしていた。心のよりどころが少ない中で一生懸命生活していることが伝わってくる空間だった。どの子も大勢の見知らぬ日本人を前にしても物怖じする様子はなく、淡々と私たちにこれまでの話をしてくれた。勝手な想像だが、彼らの経験は彼らを実年齢以上に大人にさせたのかなと思った。帰り際、椅子を片付けながら笑顔で私たちを見送る姿を見て、私たちはただ話を聞きに来て彼らの時間を奪った、という事実を強く感じた。彼らの背負うものを想い、強い罪悪感を覚え、言葉にならない複雑な思いが胸に押し寄せ、涙が止まらなかった。
2つ目は、ミャンマー人支援NGOのFRYでのミャンマー人勤労学生とのセッションである。彼は「タイは日本人にとって馴染みやすいですか?」と尋ねてくれた。私の頭には「ご飯が美味しく、人も優しく、とても居心地のいい国」という答えが浮かんだ。しかし彼は「タイ語は難しく、文化の違いもあり、働く上で大変なことが多い」と語った。その時、私は自分が観光客の視点から抜け出せていなかったことを痛烈に思い知らされた。母国を離れ必死に働く彼らを思いやることが出来ない自分に腹が立った。
私は観光でタイに行くことが出来る。命を脅かされたこともない。これからは、母国語を使って、不自由なく仕事に必要なスキルを身につけていくことに集中して働くことも出来るだろう。「立場の異なる人の気持ちになって」という言葉はすごく軽く、無責任なものだと思った。私の想像はきっと彼らの気持ちには及ばない。でも、今回自分を客観視して感じた複雑な気持ちやショックだけは一生忘れず生きていきたい。
3,表面的な比較の危うさ
参加当初、私は「タイはまだ発展途上で、日本が支援する立場にある」というイメージを持っていた。しかし実際に街を歩くと、どこも清潔で、屋台にまでQRコード決済が普及しており、想像とは全く違っていた。また二国の関係について、タイはすでに日本との関係が「支援」から「共創」へと進んでいることを知り、経済が停滞している日本は、もはや留学先としての魅力的ではないという話も大きな衝撃だった。
これらの事実から、日本より進んでいる/遅れているといった単純な比較はもう意味は為さないと改めて感じた。また、タイと横並びの関係にあるからという理由だけではなく、各国の事情によって重視されるポイントが異なるという点からも、二元論的な比較は意味がないと気づいた。例えば障害者保険制度について、両国のサービスを比較すると、日本は外部施設が担う介助サービス支援が手厚く、タイでは自己申告が中心で日本より申請がシンプルだという印象を受けた。これにはタイでは家族での介護が一般的であるのに対し、日本では外部で介護を担うケースが多いという社会の前提が異なることに起因すると考察した。このように、各国の事情や社会背景によって仕組みが異なる。単純比較ではなく、その違いの背景をしっかり理解すればこそ、自国の現状に合った学び合いが可能になるのではないかと気づいた。
同様に、各所でお話されていた「マイペンライな国民性が良い、見習うべき」といった評価も表面的で乱暴と感じた。重要なのは、その特性が社会にどのように作用しているかだと思う。タイでは寛容さが「まずやってみよう」という精神につながり、イノベーションを受け入れる土壌を作っている。一方で日本の堅実さは、正確に機能するインフラなど強みを生んでいる。単に「日本もマイペンライになるべき」とまとめてしまえば、日本の良さを否定してしまう危うさがある。
このように、一面的な印象や二元論的な比較は良さを捨象し、学び合いを妨げてしまう危うさを持っていると気づいた。その背景まで追求する姿勢を大切にしたい。
4,キャリアについて
「転職の時代」と言われるものの、私の周りではキャリアアップを目的に転職した人は少なく、まだまだ「一社で長く勤める」ことが主流だと思っていた。しかし今回のツアーでは、転職を経て活躍されている方々の話を伺い、私の職業観が更新された。
彼らに共通していた点は3つある。
1つ目は、常に「自分が何をしたいか」を中心に置いていること。組織ありきではなく、やりたいことを実現するために環境を選んでいる。
2つ目は、リスクヘッジをしながら挑戦していること。職を変えて失敗しても立ち直れるよう、代替案を複数持ち、資格やスキルを備えていた。挑戦は精神論ではなく、安心できる基盤づくりの上に成り立っていた。
3つ目は、自分の強みを育てていること。ハードスキルはもちろん、梶原公使がお話されていたコミュニケーション力や発想力など、経験から培われる専門性も重要だと気づいた。
これまで私は「安定とは大手企業に勤めること」と考えていたが、話を聞く中で「自分の確固たるスキル、強みを持ち、必要に応じて環境を変えられることこそ安定」だと考えるようになった。これから一端の社会人になる者として、常に吸収する姿勢とハングリー精神を持ち、自分の力を磨いていきたいと思う。
結び
以上が一週間の主な私の学びだ。自分の力ではたどり着くことが出来ない場所にたくさん訪問させていただき、ご活躍をされている方々のお話を聞き、五感を使って人々の暮らしを知る中で、言語化するのが苦しいほど様々な感情を抱き、タイのことや日本のこと、自分自身のことを深く考える大切なきっかけを頂くことが出来た。ここで感じた気持ちは忘れないで生きていきたいと思う。
謝辞
最後に、このような貴重な機会を提供してくださり、旅の間も私たちの思考を深める示唆を与えてくださった野毛坂グローカル、そしてお時間を割いて今後につながるお話をしてくださった方々に心より感謝申し上げます。また、大変なスケジュールの中でも共に考え、楽しく過ごし、私を丸ごと受け入れてくれた仲間たちにも感謝しています。本当にありがとうございました。
木口和奏 学習院大学 国際社会科学部 3年
今回のスタディツアーを終えて、頭の中が整理できていないような、でも確かな熱量だけが残っている不思議な感覚でいます。正直に言えば、参加する前に期待していたこととは全く違う、いい意味での裏切りの連続でした。 当初、私は国際協力についてもっと学びたい、タイの政策から草の根の活動までを見て自分の意見を深めたい、そんなことを考えていました。しかし、ツアーで実際に現地の方の話を聞き、現場に触れるうちに、自分が無意識のうちに「自分や日本は助ける側、タイは助けられる側」という固定観念を持っていたことに気づかされました。そして、見聞きしたことに対してすぐに自分の答えを出そうとする姿勢も、それが正しいわけではないことに気づきました。 毎日、参加者同士で振り返りをする中で気づいたのは、客観的、当事者、政府、民間、コミュニティ…と視点を変えるほど、ひとつの事象にもこれだけ違う意見があるのか、ということです。政策からコミュニティまで訪問し、かつ参加者と意見を共有する中で、どんどん自分の考えがわからなくなっていきました。全員が納得できる正解なんて社会には存在しないのかもしれません。日系の新聞社を訪問した際、「情報の偏りを防ぐためにニュートラルな視点で語れる専門家を探す」という話をお聞きしました。このとき、「ニュートラルとは何だろう?」と、ふと疑問に思いました。たとえ記者が中立のつもりでも、受け取る側によって見え方は変わる。完全に偏りのない情報なんて存在しないのだとしたら、一部の情報だけで分かった気になって発信したり納得したりすることの危うさを、自分の中に刻んでおく必要があると感じました。このように、考えがより複雑になったことは、以前より多角的に物事を見ようとしている証拠であり、答えを急がず「問い」を持ち続けられるようになった自分自身の成長なのだと捉えています。 訪問先の中で特に忘れられないのが、スラムでの体験です。教材やメディアで見聞きしていた情報とは全く違う、匂いや雰囲気、住民の方々の表情を五感で感じ取りました。正直、足を踏み入れたときは怖さの方が大きくて、現実を受け入れられない自分がいました。しかし、住民の方々が語る兄弟のような結束や、その場所に抱く愛着に触れたとき、自分が勝手に「スラム=問題、減らすべきもの」というレッテルを貼っていたことに気づかされました。私たちが「支援」と呼ぶ行為が、実は彼らの安らぎや人との繋がりを奪っている可能性だってある。支援の形に正解はないし、そもそも自分たちが支援する立場にあると捉えていることや、正解を求めようとすること自体が傲慢なのだと思います。国際問題といわれることを「解決すべきこと」と疑いなく捉える危険性を、肌で感じた瞬間でした。現場から学ぶことは、単に知識を得ることではなく、自分の認識の偏りに気づかされる学び合いの体験なのだと痛感しました。 キャリアについての考え方も大きく変わりました。タイで働く方々の話をお聞きし、「キャリアは川下りと山登りの連続」という言葉が深く刺さりました。まずは川を下るための船(チャンス)を見つけ、そこで山登りをして頂上(目標)を目指す。キャリアはその繰り返しです。今から将来を絞り込みすぎず、もっと偶発的なチャンスに身を任せてみることが、後々の自分のキャリアや興味につながるのだと確信しました。また、女性の環境活動の現場で、活動を通じた収入が「目的」ではなく「手段」として健康や生活の質の向上につながっているのを知って、お金を稼ぐことに対する柔軟な捉え方を学びました。退職後もやりがいを得ながら活き活きと年を重ねる姿、そしてコミュニティ活動をより活発にしようとする熱意の素敵さを感じるとともに、人生の歩み方の多様性に希望を感じました。 最後に、一番心を動かされたのは「誰ひとり取り残さない」という問いへの向き合い方です。何をやっても誰かを取り残してしまう可能性はある。でも、だからといって何もしないことが一番避けるべきこと。最終日に現地のNPOの方がおっしゃっていた「自己犠牲までは求めないけど、社会に関心を持って、できることをやってみてほしい」という言葉が、今の私を勇気づけてくれています。支援の大きさに正解はないのだから、その時々で自分にできることを行動に移したい。そして、現場や周りの支援から学びながら自分の行動を変えていけばいい。そう思えるようになりました。 タイという場所、そこで出会った人々のホスピタリティ。すべてが本当に温かくて、すぐにまた戻りたいと思える場所になりました。ハードなスケジュールで自分の考えも分からなくなるほど悩みましたが、これほど有意義であっという間な時間は初めてでした。このツアーでの気づきを、自分の言葉で周りの人に伝えていきたいですし、間違いなくこれからの私の活動の励みになります。主催してくださった野毛坂グローカル、参加者の皆さん、本当にありがとうございました。
松永朋和佳 久留米大学 文学部 3年
「人々のつながりの重要性」と「自分自身の無力さ」を痛感させられる1週間であった。1週間という短い期間の中で触れる事が出来る最大限の視点でのお話を伺い、見学をさせていただく中で学び、感じた今までの自分になかった考えや感覚は今後より咀嚼しながら向き合っていかなければならないと感じさせられた。とりわけ、一つの立場のみからの視点で物事を考えるのではなく、多方面の立場に立ち、その上で何が事実で何が課題なのかを常に思考することの大切さと難しさを実感した。クリティカルシンキングの重要性をツアー期間中を通して学ぶとともに、今までいかに自分が与えられた情報に対して受け身であり、全てを「ただ一つの事実」のようにとらえてしまっていたかを自覚させられた。
タイにおける様々な支援の観点において、ボランティアの存在の重要性を感じさせられた。日本でもボランティア活動に積極的に参加されている方も多いが、タイでは特にボランティアの方々に対する信頼性の高さを感じる場面が多かったように思われる。人のために、利益を求めず、必要な知識のための研修にも参加した上でボランティア活動を継続して取り組んでいく方々の存在があるからこそ成立している仕組みが多々あるように見受けられた。ボランティアとしての活動に対する責任感の強さやそれを支える周囲の環境の形成状況において、日本がタイから学ぶべき要素もいくつもあることが分かった。一方で、ボランティアの存在感の大きさが顕著に表れているからこその今後に対する注視の必要性も感じた。活動をしてくださっている方々のお気持ちは大変尊いものであるからこそ、資金面といった課題に対する対策をより強化できるのかが今後の在り方に大きく影響をもたらすと深く感じた。この点は日本も同様であり、双方が今以上にしっかりと向き合い深く考える必要があると言えるだろう。
ボランティア以外の立場においても、「人々のために自分に何ができるか」を常に考えながら活動されている方々とお会いし、お話を伺う貴重な機会を今回いただいた。加えて、普段ではなかなか入る事が出来ない施設の中やお会いできる機会がない方にもお会いできるといった経験は、今後の自分自身の成長やキャリア形成においても大きなポイントの一つになる感覚を得ることができた。そしてその随所で「人と人とのつながりの重要性」を実感した。何事においても自分やその周囲の身近な存在のみでやり遂げられることはかなり少なく、目標の達成や現状の改善のためには様々な立場の人との結びつきが必要不可欠になってくるとお話を伺う中で学ぶことが出来た。今までの個人的な活動等々においても人と人とのつながりの重要性を感じる場面は多々あったが、今回のツアー期間中には特にそう感じたりその奥深さが垣間見られたりする機会が多くあった。日本、タイといった限定的な環境のみならず、どの場所でもこの意識を今後大切にしていきたいと思える良いきっかけになったと同時に、あまり外交的ではない自分自身の性格を少しずつ人とのつながりを作っていけるような性格に変えていきたいと思うきっかけにもなった。
1週間を通して様々な新しい知識を得たり視野を広げたりしていく中で、「物事を知るほどに悩みも生じる」という感覚に苛まれた。一つ課題に対する取り組みを知る度に無数の新たな課題の存在も耳にした。一人活動に取り組まれている方の存在を知る度に何人もの困難を抱えている人々の存在を目にした。今まで「国際援助のフィールドで人のためになること」を一つのビジョンとして掲げていた自分の中で、そのビジョンが本当に最適なものであるのか、自分が人のためにできる最大限は本当にその方法であっているのかという、自分自身の今後と一度深く向き合うべきタイミングになったと直感した。大学生として将来のビジョンを再考する中で、今回生じた迷いはすぐに答えを出せるものではなく、むしろしっかりと向き合う必要があるものであると感じた。「自分自身が無力であること」をこの1週間の間でより痛感させられた。そしてこのきっかけは重要であったとも感じる。世界に課題は無数にあり、それにより困難に直面している人々も無数にいる。まずはその事実から目を背けず、理解を深める必要があるだろう。その上で、本ツアー中に何度も話題になっていた「当事者性」について再度深く考える必要がある。自分自身は世界で発生している多くの課題において当事者になることはできず、支援する側としての活動しかできないことを理解したうえで、自分にできることは何かあるか考える必要がある。(ここで「支援」という単語を利用したが、個人的に立場の上下を感じることがあるため、他の適切な単語を自分なりに見つけていきたい)加えて、その立場になれたとしてもできることは限られている場合が多いということ、現場側と政策側での乖離も発生しやすいということも常に理解しておかなければならない。その中で、自分ができる最大限の動きを見つけられるように、今から少しずつ準備として多方面への知識の充足を図りたい。
今回のツアー期間中にお会いした多くの方々が、ご自身の立場の中でできることを最大限模索した上で活動をされていた。自分自身にはそのような尊い活動に全力で向き合い、取り組む力が今はまだ十分にはないだろう。それは、自分自身の経験や知識の少なさや視野の狭さ、大学をまずは卒業したいという直近的な個人的目標といった様々な要因の上での感覚であるが、この感覚を無意識に初めから持ってしまっていたことに今回のツアーを通して改めて気づかされた。お話を伺わせていただいた方々だけでなく、一緒にツアーに参加した多くの参加者の皆さんも、一人ひとりが自分なりに考え実際に行動に移している人ばかりであった。1週間という短い期間の中でも多くの刺激を受けると同時に、「自分は本当に今、自分ができる最大限の動きを考えて挑戦できているのか」と自己を見つめ直す必要性も感じた。特に時間に融通が利きやすい大学生のうちに、今よりも積極的に様々な学びを深めたり外に出る機会を自分から作ったりといった行動を起こしていかなければならないと実感した。加えて、語学力の強化も今のうちから取り組んでおかなければならないと改めて感じた。今まで英語は比較的継続して勉強してきたが、今回のタイでの生活のようにあまり英語ではコミュニケーションが取れない場面に直面することも多いと予想する。今後国際的な活動を実際にしていく中では英語に頼るのではなく、それ以外の言語をはじめとしたコミュニケーション力を鍛えていくことが、今の自分にできる取り組みの一つになると改めて考えた。
今回のツアーを通して得られた経験はすべて今後の自分自身の成長の糧になると確信している。この1週間を決して無駄にしないよう、自分に厳しく、周囲を支えられるよう成長していきたい。
最後に、今回関わっていただけた全ての方に感謝申し上げます。また皆様とお目にかかれる日が来ることを楽しみに、日々精進してまいります。ありがとうございました。
松山峻大 滋賀医科大学医学部4年
今回のスタディーツアーでは、まずバンコク市内の名門チュラロンコン大学の寮に泊まることになっていた。観光街のすぐ近くであり、駅から降りた私たちは豪華な巨大モールの中を3つも通り抜け、さらに高級ホテル内も通って寮に向かった。途中、モールやホテルはチュラロンコン大学の傘下にあるとの説明があり、巨万の富を得ていることは想像に難くなかった。さらに、この観光街は西欧やアジア各国からの観光客と思しき人々であふれかえり、まるで渋谷のスクランブル交差点さながらの風景だった。途中近くのカフェを利用したこともあったが、1食40バーツ(約180円)で済ませることができる物価のなか、観光客を対象としたカフェではコーヒー1杯で70バーツ(約315円)ほどだった(それでも世界でまれに見る物価安のように思うが)。当然、このようなモールやカフェで働くスタッフは英語を話すことができる。チュラロンコン大学の寮でも、学生は英語を話せる。しかし、一歩観光街を離れれば、あるいは寮のスタッフは、英語を話せない人も多い。これだけでも社会格差を感じるが、今回のスタディーツアーでは非正規のゴミ分別場の集落を訪問する機会があった。強いゴミのにおいが立ちこめる一帯に家々が並び、通り抜けていくと肌感覚でテニスコート4面分はありそうな広場に大量のゴミが山積していて、人々があちらこちらで分別を行っていた。このような集落にも当然、村長がいる(公式に選任などあるかは分からないが)。ここで不思議な感覚を覚えるのは、タイ全体で見れば「低流階級」である人がいて、さらにその人をトップとしたコミュニティーが存在することである。では、この村長の下にはどんな人々がいるのだろうか。その一例としてお会いしたのは、ミャンマー人の家族である。30-40代と思われるお母さん、12歳の娘、1歳の娘の家に近所のおばさんと近所の子ども(いずれもミャンマー人)が遊びに来ていた。ここで衝撃を覚えたことは、12歳の娘が「私タイ語話せません」と言ったことである(これはタイ語だったが)。聞くと、この家族はもう10年近くタイに住んでいるとのことで、この娘も物心ついたときからタイに住んでいるのである。それでもタイ語が話せないということは、タイのコミュニティーと分断された生活を送っているということではないか。また、タイは全ての子ども(移民や不法滞在も含め)に公立学校への入学を許可している。しかし、この娘はこのような学校には通っていないということである。学校について聞いてみると、「NGOが近くまできて、授業してくれる」とのことだった。一瞬安堵するが、よくよく考えれば支援に依存した状態であり、いつ授業が受けられなくなるかも分からない。また、卒業資格を得られなければ進学もできず、就職も難しくなる。そんな娘の夢は、医師になること。夢の実現に必要なサポートは全然足りていない。そして、娘が「私タイ語話せません」と言ったことに対してさらに唖然としてしまうのは、タイ人である村長が、「学校に通って、もっとタイ語が上手くなればコミュニティー内にタイ人の友達ができるでしょう」と言ったことだ。逆ではないか、と思った。そして、10年近くこのコミュニティー内に住んでいるのにいまだにタイ語が話せないこと、タイ人の友人がいないこと、この背景に構造的問題があることが看過されていることにやるせなさを覚えた。 2015年に発表されたSDGsの目標は、「誰一人取り残さない」ことである。しかし、現実には取り残されている人がいる。今回のスタディーツアーでは、誰一人取り残さないためにタイ政府が尽力しているプロジェクトについて省庁で聞き、病院や家庭訪問に同行させてもらい、そして取り残されている事例についても目の当たりにすることができた。本音と建て前が存在する社会保障制度や国際協力において、自分の人生をかけて取り組まなければいけない課題は何処にあるのか、これからも考え続ける。
田幡凪子 湘南医療大学 保健医療学科看護学部 2年
差別や格差はこんなところにもあるのか。そう思わずにはいられない光景が目の前にあった。
私は2023年9月3日から14日まで、野毛坂グローカルが主催する、タイのスタディーツアーに参加した。タイにおける、高齢者・障害者・移民・難民について、タイ政府の担当者から直接話を聞いたり、現場の実態を見聞きする機会を得た。
ツアーに参加する前、私が差別に対してもっていた認識は、例えば差別される障害者たちと、差別する健常者の間に横たわるものだった。しかし、現場はそうシンプルなものではなかった。
さまざまな場所を訪問した中で、私がまず差別を感じたのは、レデンプトリスト障害者技術専門学校だ。ここでは、障害者を教育し、技術を身につけさせ、職を得られるようにしている。ひいては、障害者の経済的自立だけでなく、精神的自立を促し、障害者のエンパワーメントを目的としている施設である。実際この学校の卒業生は就職率がとても高く、企業が障害者を1%雇用しなくてはいけないという、法律を上手く利用していた。が、ここで私が目の当たりにしたのは、差別される側の中にも、障害の種類や度合いにより、差別や格差があったという事実だった。この施設では18歳以上になったダウン症の人に去勢手術を行うよう決められていた。これは、法律で定められている訳ではなく、これまでの慣習に基づくものである。最も障害者を支え、彼らを差別せず、否定しないよう努めるべき組織の中で、彼らの存在を否定するような決まりがあることに、とても大きな衝撃を受けた。
その現状は、旧優生保護法の下日本で行われてきたことと同じである。新型出生前診断や優性思想の在り方を、生命倫理学的に捉えることに興味がある私にとって、あまりにもひどい差別として映った。
次に挙げたいのは、タイのカンボジア人コミュニティである。タイに出稼ぎに来るカンボジア人が住んでいる地域だったが、出稼ぎに来ているという情況からも、彼らが貧困層であるということが推測できるだろう。
私たちは3家庭を訪問し、それぞれがどんな暮らしをしているのか、どんな問題を抱えているのかを尋ね考えた。私はその中でも、最後に訪問した3きょうだいが、その格差の被害に直面していると感じた。そのきょうだいは18歳の兄と、2人の妹の3人で暮らしていた。彼らの話を聞いて、驚くべきことが判明した。彼らは3人とも血の繋がりが無いというのだ。長男は、母が病気になり、両親がカンボジアに帰国。長女は、母が他の男と逃げ、今は両親ともいない。次女に関しては、出自不明という現状だった。
3人の中である程度教育を受け、タイ在留資格があるのは唯一長兄だけだった。彼は毎日の洗車の仕事で血の繋がりのない「妹」たちを養っていた。在留資格があり、カンボジアに帰る資格も待つ彼が、なぜ両親とともにカンボジアに帰らず、タイで2人の妹を養っているのか質問してみた。彼は迷わず「家族だから」と答えた。貧困の中、血の繋がりのない彼らが、長男のタイに残るという決断により「家族」という形を保って生活しているのは、私にはとても想像が及ばないことだった。私はこの現状にショックを受けたのと同時に、カンボジア人コミュニティとひとくくりに言っても、学校に行けている子、行けていない子、行き方すら知らない子、とさまざまな格差があることにも衝撃を受けた。
また、コミュニティ内では助け合って生活しているのだろうと勝手に思い込んでいたが、この格差の中では相互扶助が希薄であるということにやるせなさを覚えた。コミュニティには以前、NGOが入って子どもたちが学校に通えるよう支援していたが、ノウハウの蓄積までには至らなかった。助け合いの文化も根付かず、NGO撤退後は前述の姉妹のように学校に行けない子どもたちも出てきている。
他にも、ミャンマー人コミュニティを有するスラム、バンコクのオンヌットでもそこに住むタイ人とミャンマー人との間には、住居や仕事の種類などで厳然とした格差があったのをみた。
今回のツアーでは、ブンイトー市やラヨン県で地域の高齢者ケアプロジェクトと環境プロジェクトなど、コミュニティの特性をうまく活用したさまざまな好例を見ることができた。一つは、デジタル技術を活用したスマートシティだ。コミュニティ内のボランティアがつくり上げた情報網を活用した助け合いも目を引いた。互いの顔が見える関係にある人が、政策側に現状を伝えられる環境だからこその強みだろう。コミュニティの力が弱く、近所付き合いが薄れている日本が学ぶべき、素敵な取り組みだと感じた。
子どもや障害者など手を差し伸べられるべき存在が、コミュニティという閉鎖空間の中で差別され、格差のただ中にいることが、とても悲しいと感じた。コミュニティに第三者が入り、前述のような好例を導入できれば、格差の是正につながるかもしれない。
片桐碧海 東京医科歯科大学博士課程2年
このスタディーツアーを通じて、訪問先での学びに加え、異なる視点や専門性を持つ参加者からも良い刺激を受け、交流や意見交換を通じて人として成長できたと感じています。 ツアー全体を通して有意義な時間を過ごすことができ、訪問先の方々や仲間たちなど、タイスタディーツアーに関わったすべての人に感謝しています。 私は、今後大学院進学を考えていますが、これからも学び続け、すべての人が共に生きる社会づくりに少しでも貢献したいと考えています。 今回のスタディーツアーでは、まずバンコク市内の名門チュラロンコン大学の寮に泊まることになっていた。観光街のすぐ近くであり、駅から降りた私たちは豪華な巨大モールの中を3つも通り抜け、さらに高級ホテル内も通って寮に向かった。途中、モールやホテルはチュラロンコン大学の傘下にあるとの説明があり、巨万の富を得ていることは想像に難くなかった。さらに、この観光街は西欧やアジア各国からの観光客と思しき人々であふれかえり、まるで渋谷のスクランブル交差点さながらの風景だった。途中近くのカフェを利用したこともあったが、1食40バーツ(約180円)で済ませることができる物価のなか、観光客を対象としたカフェではコーヒー1杯で70バーツ(約315円)ほどだった(それでも世界でまれに見る物価安のように思うが)。当然、このようなモールやカフェで働くスタッフは英語を話すことができる。チュラロンコン大学の寮でも、学生は英語を話せる。しかし、一歩観光街を離れれば、あるいは寮のスタッフは、英語を話せない人も多い。これだけでも社会格差を感じるが、今回のスタディーツアーでは非正規のゴミ分別場の集落を訪問する機会があった。強いゴミのにおいが立ちこめる一帯に家々が並び、通り抜けていくと肌感覚でテニスコート4面分はありそうな広場に大量のゴミが山積していて、人々があちらこちらで分別を行っていた。このような集落にも当然、村長がいる(公式に選任などあるかは分からないが)。ここで不思議な感覚を覚えるのは、タイ全体で見れば「低流階級」である人がいて、さらにその人をトップとしたコミュニティーが存在することである。では、この村長の下にはどんな人々がいるのだろうか。その一例としてお会いしたのは、ミャンマー人の家族である。30-40代と思われるお母さん、12歳の娘、1歳の娘の家に近所のおばさんと近所の子ども(いずれもミャンマー人)が遊びに来ていた。ここで衝撃を覚えたことは、12歳の娘が「私タイ語話せません」と言ったことである(これはタイ語だったが)。聞くと、この家族はもう10年近くタイに住んでいるとのことで、この娘も物心ついたときからタイに住んでいるのである。それでもタイ語が話せないということは、タイのコミュニティーと分断された生活を送っているということではないか。また、タイは全ての子ども(移民や不法滞在も含め)に公立学校への入学を許可している。しかし、この娘はこのような学校には通っていないということである。学校について聞いてみると、「NGOが近くまできて、授業してくれる」とのことだった。一瞬安堵するが、よくよく考えれば支援に依存した状態であり、いつ授業が受けられなくなるかも分からない。また、卒業資格を得られなければ進学もできず、就職も難しくなる。そんな娘の夢は、医師になること。夢の実現に必要なサポートは全然足りていない。そして、娘が「私タイ語話せません」と言ったことに対してさらに唖然としてしまうのは、タイ人である村長が、「学校に通って、もっとタイ語が上手くなればコミュニティー内にタイ人の友達ができるでしょう」と言ったことだ。逆ではないか、と思った。そして、10年近くこのコミュニティー内に住んでいるのにいまだにタイ語が話せないこと、タイ人の友人がいないこと、この背景に構造的問題があることが看過されていることにやるせなさを覚えた。 2015年に発表されたSDGsの目標は、「誰一人取り残さない」ことである。しかし、現実には取り残されている人がいる。今回のスタディーツアーでは、誰一人取り残さないためにタイ政府が尽力しているプロジェクトについて省庁で聞き、病院や家庭訪問に同行させてもらい、そして取り残されている事例についても目の当たりにすることができた。本音と建て前が存在する社会保障制度や国際協力において、自分の人生をかけて取り組まなければいけない課題は何処にあるのか、これからも考え続ける。
峯本麻由 徳島大学医学博士課程1年
今回私は、唯一の社会人かつ、医師というバックグラウンドを持ちながらこのスタディツアーに参加させていただいた。今後の自分のキャリアとして、国際保健に携わりたいと思っていた私は、「社会人になってからは年に一度は海外に行く」と決めており、これまでにも医療ボランティアや熱帯医学を学ぶための感染症病院訪問などでミャンマーやカンボジア、フィリピンなどを訪れていた。2024年には米国の公衆衛生大学院を卒業し、帰国後臨床医として日本国内の病院で勤務する一方、国際協力のより現場に近い場所で「リアル」に触れたいと思っていた。そんな矢先に、野毛坂グローカルのスタディツアーの参加者募集のお知らせを募集締め切りギリギリにたまたま見かけ、晴れてツアーに参加することとなった。 2月の極寒の中日本を出発したが、ドンムアン空港に降り立った瞬間、太陽が燦々と輝く乾季のタイの光景が現れた。ツアーでは毎日何箇所も訪問し、沢山の人々に会い、怒涛のように時間が過ぎていったが、その中でも私が特に強く印象に残ったのは、SMART&STRONGプロジェクトという、野毛坂グローカルが携わっている自治体ネットワークによるコミュニティベース統合型高齢者ケアプロジェクトのためにパトムタニ県ブンイトー市を訪問したことである。ブンイトー市では、市立病院とデイケアセンター、高齢者活動センターなどが一体となって相互に協力関係を築きながら高齢者の健康を守っていくさまざまな取り組みを紹介していただいた。驚いたのは、このSMART&STRONGプロジェクトではどのように高齢者をサポートするかの具体案は提示せず、プロジェクトに参加する39の自治体が自分たちでどのような施策をしていくかを決定し、それを紹介しあい学び合ってているという点である。つまり、ブンイトー市の事例は一つの例にすぎないのだ。通常、何かのプロジェクトを推進しようとするには、一つのコミュニティでの成功事例を作り、それをモデルケースとして横展開していくケースが多いが、各々のコミュニティに個々の特性があるため、一つの事例をコピーして応用できるのか、以前から疑問に思っていた。その点でこの施策は大変理にかなっており、またこれが上手く機能するように各々の自治区同士が意見交換をできるよう、プロジェクト内では様々な工夫が散りばめられており、「このような方法があるのか」と驚いた。無論、このプロジェクトの説明はホームページにも紹介されているのだが、実際に自分の足を運んで現地のスタッフや、実際に施設を利用するタイの人々に触れ合うことで初めて納得のいく答えが得られたように思う。 また、今回のツアーをさらに意義深いものにしてくれたのは、このツアーのために集結した他の参加者たちである。私は社会人大学院生として参加したため、他の参加者は私より一回りも若い学部生であった(というよりも実際は、私が一回り年を取った参加者だったのだが)。日本では臨床医として勤務しているため、院内ではほぼ医療従事者としか関わることがない私にとって、教育や環境、政治など、様々なバックグラウンドの知識を持つ参加者と議論を重ねられる時間はまたとない経験であり、自分にはない柔軟かつまっすぐな意見にも多くを気付かされた。同時に、他の参加者より少し歳を重ねた世代として、また医師として、自分の感じたことを積極的に発表することこそが、私が彼らに少しでも役に立てることなのかもしれないとも思い、このツアーに参加するだけでなく、自分のアイデンティティを見出した気がした。 そして、このツアーがこれだけ学びあるものになっているのは他でもない、主催者であるである野毛坂グローカルさんの力が大きいと感じた。行く先行く先で、お会いする現地の人々のコメントに対して、国際協力で長年タイに携わってきた目線から丁寧な解説が必ずと言っていいほど付け加えられ、そこからさらに他の参加者たちと深掘っていく、そんな毎日を過ごした。今回の、1週間という限られた時間のなかで、初めてタイを訪問する私たちができる限り「リアル」を感じられるようさまざまな配慮をしてくださっていた。補完的な解説やコメント、投げかける疑問によって「今自分たちが触れているものはどういう意味を持っているのだろう」「自分の理解は本当に正しいのか」と、飲み込む前に一度立ち止まって考えてみる、そんな思考回路が育ったように思う。そしてその思考回路は、常識や文化が全く異なるもの同士が関わる国際協力においては必要不可欠なのではないかと感じている。 1週間の旅を経て、私は再び日本の病院の中で日々患者さんと向き合った日々を送っている。しかし、自分の勤務する病院の外でも、世界中に医療を必要としている人がいる。日本に帰った後も、そういった人々に思いを馳せることが多くなった今、私は次なる目標に向かって進むことを決めた。きっかけや前進するエネルギー、沢山の機会を与えてくれた、今回のツアーに関わってくださった全ての方々に御礼申し上げます。
宮内正枝 創価大学1年
私は今回のタイスタディーツアーに参加させていただき、一生忘れられない貴重な経験をすることができました。私にとっては初の海外であり、勇気のいる挑戦でしたが、飛び込んでみて良かったと思っています。奥井さんはじめ、訪問を受け入れてくださった全ての皆様、学び合ってくださったメンバーの皆さん本当にありがとうございました。 新しい視点や気づきはもちろん、自身の中にあった思い込みを知ったり、関心を深めることができました。それは、全ての生命の尊厳が守られる平和な世界をつくるにはどうしたらよいのか、自分には何ができるのか考えるきっかけになりました。 今回、私は課題解決に取り組む人々や生活に困難がある人々に直接会いに行くことでしか得られないことを学びました。例えばスラム一つとっても、今までは教科書やニュースからしか情報を得ることができませんでした。しかし、それは発信者の意図のもとに切り取られた情報であり、また、どこか遠い国で起きていることとして捉えてしまいがちです。 実際に訪れてみると、そこは想像よりもはるかに厳しい場所でした。道や家の周りには大量のゴミ、家の作りも壊れてしまいそうで見ているだけで不安になるようでしたが、それは私が暮らす安全な環境と比べているから感じることでした。そこで暮らす人々の表情を見ると、彼ら彼女らにとってはこの環境下で生活することが当たり前なのだと受け入れるしかありませんでした。そこにはミャンマーからの移民も多くいて、男性は隣のゴミ集積場で分別をして働いていました。移民はスラムの外には簡単に出られず、子どもたちは学校に通えていません。最近はあるNPO団体が読み書きや算数を教えにきているそうですが、それもいつ終わるかも分からないと聞き、教育の機会や質が保障されないとはこういうことかと思い知らされました。移民に対する差別、生活することで精一杯な家計の状況、国家の方針や近隣住民からの理解、教育を受ける権利の捉え方、、それぞれの立場によって意見は異なり、見えている世界も異なるのだと知りました。 この現状に対して私は、政治、人権、教育、福祉と専門分野を持つ人々が協力して、それぞれの使命と共通の目標達成のために動くことはできないものかと考えています。スラムに住む人々の問題解決とは、ただ支援者が一方的に労働や教育の機会を与えれば良いことではありません。スラムの人のために動くことが自分たちのためにもなる、社会をよくすることになると納得できなければ力を合わせることは難しいでしょう。まずは、各組織がスラムの人々のために働く理由、その必要性を明確にした上で、共通の理想を持たなければなりません。例えば、国家、行政は人権保護に取り組むことで国際社会からの信頼を得ることができます。また、周辺住民にとっては他文化を持つ人々との共生によって、差異を越えて理解し合うことや他者を尊重することを体験し、互いの心が広く豊かになっていくことでしょう。これはただの理想郷にすぎないかもしれません。しかし、小さなコミュニティだからこそ人同士の距離が近く、心の距離も近くいられる、一人ひとりを思いやって生きる社会をつくることができます。こうした国民の中で互いの理解が進むことは、必ず国家を動かす力になり、政治的な関係改善にも貢献できます。私は、そのような人々の心が信頼と愛で結ばれる社会をつくりたいです。移民に限らず、障がい者や高齢者、多様なジェンダーも、自然と受け入れていく心を持つ人が増えることで、インクルージョンは実現されるのではないでしょうか。さらに、それは人々が生命は全て平等であり尊い存在なのだと自覚することに繋がっていきます。 このことから、私は社会課題解決や平和創造といっても主役は民衆であると思います。国連や国や大企業など大きな影響力を持つものについていくだけでは、きっと世界は変わりません。自分や身近な人が何に苦しんでいるのか、どうしたらそれぞれの力が発揮されていくのか考えること、今の勉強や仕事が誰のためになっていて、見えない誰かの犠牲の上に成り立っていないか考え直すこと、そして今の自分と世界との繋がりを知り、創りたい未来のために何か行動を起こそうとする、そういう世界市民のリーダーを増やしていくことが重要です。世界市民のリーダーは主婦であっても、会社員であっても、学生や会社員でも、誰でもなれるものです。今回多くの場所を訪問して気づきましたが、あの人のために、世界のためにという意識を持って日々過ごしている方々は生き生きとして輝いています。 私はこれから勉強をする中で、今回のスタディーツアーでお会いした方々のお顔を時折思い浮かべ、今も困難に立ち向かいながら生きている人がいることを忘れないようにします。また、彼らは決して助ける対象ではなく、共に生きる、学ばせていただく相手であることを心にとめて、社会課題と向き合っていきたいと思います。最後に、将来力ある人材になるために、今は何かの分野で専門家になることを目指し、徹して学び抜いていきます。

